# 15
別に何か決定的なことがあった訳じゃない。少しずつ、少しずつ、ちょっとした恥が積み重なって、耐えきれないいたたまれなさに変わっていく。これまでだって同じだ。だから、人と付き合える期間というのは、有限なのだ。
別に、この間の稽古が、とてつもない、取り返しのつかない大失敗だったなんて思っていない。あれくらいの失敗、学生の頃いくらでもあったし、周りの失敗も数え切れないほど見てきた。
きっと後藤さんやみんなは、私のことをなんて打たれ弱い人なんだと思っただろうな。でも、もうゆーとぴあの人たちと関わることもないだろうから、悔しいけど仕方ない。どうせ、サークル関係の人たちと関わることも、もうないだろうし。
それに、今回は特に、自分一人だけの問題じゃない。志波ちゃんを守るためでもあるんだ。志波がスカウトしてきた奴が使い物にならない。これなら兼役で済ませておけばよかった。志波の奴、なんて余計なことをしてくれたんだ。そんなことは言わせない。
ゆーとぴあのLINEからは退出した。ホームページもブックマークから削除した。
志波ちゃんからのLINEには、申し訳程度の社交辞令で返した。それに対する志波ちゃんからの返信は、未読のままにしてある。
大貴くんからも《姉貴が心配してる》とLINEが来ていた。それすらも、同じように無視した。毎日のちょっとした逃げ場を失うことになるが、仕方ない。
繋がりを一つ消すごとに、肩の荷が下りたような、すがすがしい気持ちになった。
けれども、次第に罪の意識が襲ってきた。
何で私は、こんなことばかり繰り返しているんだろう。どうして私は、こんな性格なんだろう。
こんなことをしているのは自分だけなんだろうか――
すがるような気持ちで、Googleに思いつくままの単語を入力してみる。
いろんなまとめサイトやら何やらを眺めているうちに、あるパーソナリティ障害の名前に辿りついた。いくつかのチェック項目を見てみると、多くが当てはまるように思える。関連するページを夢中で読み漁る。
けれど、ふと冷静になり、救い主を見つけたような顔をしている自分に気がついた。
何がしたいんだろう、私は。病名を見つけて、自分が異常だというお墨付きを得て、安心したいのか。
言い訳を作ってもしょうがない。自分がしてきたことには変わりないんだから。
スマホを置いて、横になった。
志波ちゃん、後藤さんやみんなから怒られてるかな……。
◆
現実逃避で芝居を始めたのに、芝居が現実となると、仕事に打ち込むことが現実逃避となる。
店長のいない土曜日。心を無にするように、仕事に集中した。
店長不在時はいつも残業時間になってからようやく発注に取り掛かれるのに、今日は業務時間内に発注の半分を終えていた。思い切って追加したおでんも順調に売れているし、バイトの子が答えられなかったお客様からの質問もスラスラと答えてお礼なんか言われちゃうし。
私、結構やるじゃん。
シフトの時間が終わり、バックヤードに入ろうとしたところで、レジに若い女性が近づいた。他のレジは埋まっている。
「いらっしゃいませ」
レジを開けて目を合わせると、女性は私の名札を見て、それから視線を逸らした。
私も気がついた。化粧の雰囲気は変わったが、見覚えのある顔。高校の同級生だった。1年生のときに、一緒に図書委員をやったクラスメイトだ。
彼女も戸惑っているのか、私のレジからは遠ざかり、レジ横のチキンの売り場の前に立って商品を選ぶ素振りをしている。
「レジ代わります」
アルバイトの男の子が売り場から戻り、私に声を掛けた。彼がレジに立ち、私が今度こそバックヤードに戻ろうとすると、彼女は安心したのかレジに商品を置いた。
「ご一緒にチキンはいかがですか?」
「大丈夫です」
そんなやり取りを聞きながら、バックヤードに戻った。
高校の委員会は、全員参加でなく任意だった。
委員を決めたときのことは、よく覚えている。委員はそれぞれ2人ずつ。まず学級委員を決めてから、順番に他の委員の希望を挙手で募っていった。最初が図書委員だった。図書委員は中学のときもやったことがあったし、興味があったので真っ先に手を挙げた。挙手したのは私だけ。まずは私だけ確定ということで、順番に他の委員の希望を募っていく。
美化委員、保健委員、選挙管理委員……順番に挙手を募るのを見て、私は大きな間違いに気がついた。みんな仲の良い2人組を作ってから立候補しているのだ。中途半端に1人だけが立候補してしまった図書委員だけ、もう1人が決まらないまま、クラスに沈黙が流れた。
最終的に、委員に就かなかった人たちでじゃんけんをして、負けたのが彼女だった。
私が立候補しなければ、もっとスムーズに決まったのだろう。私なんかが手を挙げたから。1年間私と組まされた彼女にも、申し訳ない気持ちで一杯だった。
だから、2年、3年では何の委員もやらなかった。
いけない。集中しなきゃ。
現実逃避とばかりに、私は発注画面に集中した。
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