# 10

《じゃあ、今日団長から告知するね》


 志波ちゃんからのメッセージに、パンダのキャラクターが《お願いします!》と言っているスタンプを返す。


 志波ちゃんとのやり取りはLINEに変わっていた。今日の稽古の後、ゆーとぴあのグループLINEも教えてくれるという。


 ◆


「中村さんが、正式に11月公演に出てくださることに決まりましたー!」


 稽古の最初、みんなの前に立って、改めて紹介を受ける。紹介する後藤さんは、ちょっとテンション高め。


 やったー、と声をあげたのは、カイ役の長髪の男性。確か、名前は朝田あさださん。続くように、他のみんなも拍手をしてくれた。私は少し安堵した。


 体操と発声が終わり、5分後に稽古開始。今日から立ち稽古だ。


 男性たちは喋りながら椅子を運んでいる。手伝おうと思ったが、椅子はそれほどの数ではない。田中さんと宮坂さんは、スマホを見ながら2人で盛り上がっている。ちなみに、やっぱり宮坂さんは、田中さんと仲のいい宮坂さんで間違いなかった。


 志波ちゃんは、飲み物を買いに行っている。


 私は手持ち無沙汰なまま、体育座りをしていた。


 隣では星川さんが、同じく床に座って台本を眺めている。今日は骸骨というか、胸の辺りに人の肋骨の絵が書いてあるTシャツに、左右で色の違うサルエルパンツだ。


「あっ、改めて、今日からよろしくお願いします」


 おそるおそる、星川さんに話し掛けてみた。


「いいえー、こちらこそー」


「なかなか、仕事とかで来られないときもあるんですけど、頑張ります」


「忙しいんだー。お仕事は何してるの?」


 これはなるべく訊かれたくなかった質問だ。相手がうちの大学の人なら尚更。自分から仕事というワードを出しておいて言うのもなんだが。


 私は苦笑混じりに答えた。


「コンビニ店員です。うちの大学出てコンビニかよって感じですけどね」


「コンビニかよ、って……私もコンビニ店員だけどね」


 あっ……


 ていうか、星川さん、声優さんが本業な訳じゃないのか。まあ、そうか。そうだよね。ていうかやばい、この空気なんとかしないと。私はつとめて明るい声を出す。


「そうなんですねー! 同業だったんですね! 私ネイバーマートなんですけど、星川さんはどこのチェーンですか?」


「ウェルカム」


 あっ、ネイバーマートが買収したところだ……


 そこに稽古開始の声が掛かったのが救いだった。


 ◆


「もう、生きていてもしょうがない」


 多目的室の前半分、舞台に見立てたスペースの真ん中、田中さん演じるセナが、椅子の上に立つ。本番では、上からロープが吊るされている設定だ。


「やめろ! やめるんだ!……くそっ!」


 “カイ”は必死に止めようとするが、身体が動かない。迫真のパントマイムだ。


「はい、暗転」と後藤さん。


 田中さんは、椅子から下りると、思い切り椅子を蹴飛ばす。そして、転げた椅子をそっと抱えて“舞台袖”にハケる。


 カイが1人、舞台に残る。


「くそっ、俺はただ、口にしただけだ……思ったことを……」


 上手側を向いて、カイは両手を床につき、がっくりと項垂れる。彼の正面から、“魔女”がゆっくりと近づき、彼の首筋に触れる。


「誰だっ!」


 カイは弾かれたように立ち上がる。


「やっと分かったか、自分のしたことが」


「誰だアンタ……まさか、アンタが北の魔女か?」


「北の魔女? 好き勝手呼んでくれるわ。人間なんて所詮、自分のことしか考えんということか」


「そうか、分かったぞ! 今のもアンタが見せた幻だな?」


「幻だって? 自分の行いの結果が、まだ分からんか」


「俺は何も悪い事なんかしちゃいない……何も……」


 じりじりと後退りするカイを追い詰めるように、魔女はカイとの距離を詰めていく。オーラを纏ったような迫力を、志波ちゃんから感じる。


 志波ちゃんは、すごいなあ。


 ふと隣を見ると、田中さんが私と同じ顔をして、志波ちゃんを見つめていた。


 ◆


「次は、48ページ、カイとマーシャのところから」


 前半の見せ場といえるシーンを終えたと思ったら、随分と先に飛ぶ。油断していた。今日のうちに、私の喋るシーンまで行くと思っていなかった。


 私は、カイと一緒に“舞台”に立つ。目の前には、パイプ椅子に座った後藤さんがいる。


 後藤さんの合図で芝居が始まる。しばらくはカイの台詞が続く。自分の台詞が近づくにつれ、鼓動が速くなる。


「俺はすぐに元の世界に戻って、君のことなんて忘れてやるよ。だから怖がらないで、君の声を聞かせて」


「…………これが、私の声よ」


 本当に、数年振りの声を確かめるように、台詞を絞り出した。うまく伝わっているだろうか。


「きれいな声だ」


「ありがとう」


「なあ、マーシャ、このきれいな声を、他の人に聞かせないとはもったいない! お兄さんたちのところへ行こう! 今すぐに」


 カイに手を引かれ、“舞台袖”までハケたところで、後藤さんの指摘が入る。


「中村さん、『これが私の声よ』は、間を空け過ぎだな。数年間溜めていた言葉が、堰を切ったように溢れ出てくる、そんなイメージかなー」


 演出としての指示。ついさっきは、ハイテンションで私の参加を歓迎してくれていたのに、芝居のこととなると、扱いは他の団員と同じだ。


 馴れ合いのサークルとは違うんだ。


 けれど、台本読んだときの自分のイメージと違う。それに、読み合わせのときは、何も言われなかったのに……。


「分かりました」


「じゃあもう1回同じところから……」


 稽古は続く。


 足を引っ張らないようにしないと。

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