# 7

 何もない休日。


 机に向かい、医療事務のテキストを読み進め、集中力が切れる度にTwitterを開き、タイムラインを遡り切るとテキストに戻り、というのを繰り返していた。


 勉強を続けているうちに、段々と集中力の切れるスパンが短くなってきて、ついつい何度もタイムラインを覗いてしまう。けれども平日の日中だ。そう頻繁に眺めても、次々に新しいツイートが流れてくる時間でもない。


 そういえば。代役は、無事に決まったのだろうか。


 私はゆーとぴあのホームページを開いた。日曜日の稽古風景がブログに追加されている。井上さんのシフトを代わってあげたあの日だ。


 さらにスクロールすると、【団員募集】の文字が目に入った。


《11月公演に向けて団員募集中! 今からでも大丈夫! 私たちと一緒に舞台に乗りませんか? 実は女性の役者さんが足りておりません(泣)11月公演のみの参加も大歓迎です。男性も我こそはと思う方は応相談(笑)スタッフも同時募集中です》


 その下に、後藤さんのアドレスと携帯の番号が載っている。


 そうか。私が断ってしまったから、まだ役者を探しているのか。


 意外だった。他のOBにでも声を掛ければすぐに決まると思っていたのに。私以外に、もっとふさわしい人がいるんだと思っていたのに。


 そんなことを考えていると、メールの通知が入った。志波ちゃんからだ。私はびくっと身体を強張らせた。ありえないとは分かっていつつも、今まさにこのページを見ていたことを見透かされていたような気持ちになった。


 私はメールを開いた。


《この間はありがとうね! 突然だけど、この間、迷惑メールに困ってるって言ってたけど、こんな感じのメール来たことある? 何回も来て怖いんだけど…》


 メールの文面のスクリーンショットが添付されている。“タカ”という、芸能人らしき人からの、間違いメールを装ったメール。


 なんだ。そんな話か。私は安堵した。


 このメールは見覚えがある。何通も届くもんだから、本当に間違いメールだったらどうしようと思ってGoogleで調べてしまったことがある。志波ちゃんのところにも来ていたのか。


《大丈夫。私のところにも来たことあるし、有名な迷惑メールらしいよ。何通か続けて来るけど、無視してれば止まるよー》


 返信すると、すぐに《ありがとう》と返事が来た。


《いえいえー》とだけ打って送信を押そうとした。けれど、そこで一旦手を止めた。


 これで会話を終わらせてもよかった。でも、せっかくだから、気になっていたことを訊いてみることにした。


《ところで、あの後、代役決まった?》


 返信のないまま、数分が過ぎた。


 触れてはいけないことだったのか。断っておいて今更そんなことを訊くなんて、と思われたのか。


 いや、今日は平日だ。昼休み中にメールをくれて、今は仕事に戻ったんだろう。


 でも、私はこのことを志波ちゃんに訊いて、何がしたかったんだろう。代役が決まっていないという答えは、さっき知ったばかりなのに。厚かましくも、まだ必要とされることを期待しているのだろうか。


 勉強は、それ以上進まなかった。


 ◆


 日が傾き、夜になった。


 まとめサイトを眺めていると、志波ちゃんからメールが来た。


《遅くなってごめんねー。今仕事終わりました! 代役、まだ決まってないんだよねー。もしかして、来てくれる気になった?》


 どうしよう。落ち着かない気持ちで、メールの文章を考えあぐねる。


 1文字も打てないでいるうちに、立て続けにメールが来た。


《実は、あの後、急に誘っちゃって悪かったなーって後悔してさ。すぐ決めてほしいとは言わないから、見学だけでも来てみない? 見学してみて、違うなーって思ったら無理しなくていいから》


 今度は迷わず、すぐに返事を書き始めていた。


 このチャンスを逃したら、もう声は掛からないと思った。

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