# 6
《今日は読み合わせをしました》
《稽古後の飲み会!》
ゆーとぴあのホームページを見つけた。これまでの稽古の様子がブログ式に公開されている。
やっぱ、楽しそうだな。別に未練がある訳じゃないけれど、ついつい過去の記事までスクロールしてしまう。
断りのメールへの志波ちゃんからの返事は、あっさりしたものだった。
《そっかー、分かった。急にごめんね。でも考えてくれただけでも、ありがとう! また遊ぼうね!》
最後はどうせ、社交辞令だ。当分、志波ちゃんと会うことはないだろう。
◆
店長の挨拶で、皆がグラスを鳴らす。納涼会は、人数も集まって賑やかだ。まあ、コンビニだから、その時間も働いている人や、途中参加の人もいるんだけどね。
私の左には、昨年開店した
蛭田くんは、オーナーにお酌をしながら、ご機嫌を取っているようだ。私がバイトをしていた頃にフリーターとして入ってきた蛭田くんは、私が出戻ってきたら社員に昇格していた。だから、昨年、新店舗ができると聞いたときには、てっきり蛭田くんが店長になるものだと思っていた。けれども予想外なことに、新店舗の店長は河合さんになり、蛭田くんは売上の低い杏台駅前店に異動になった。だからご機嫌取りに必死なのか。いや、考えすぎか。
位置的に、私が石塚さんにお酌するしかないだろう。あーあ、バイト時代のSVはもっと若くてイケメンだったのに。
「中村さん、いつも頑張ってるよね。河合さんに続いて、女性店長目指してる感じ?」
タバコ臭い息を吐きかけながら、石塚さんが訊いてくる。
「いやいや、私なんて、まだまだですよ」
「中村さん、店長目指すなら、先に彼氏作っときな。私みたいに婚期逃すよー」
河合店長が、笑いながらそう言った。
「あれ、河合さん、今いくつだっけ」
「今度34になりまーす」
「そうなんだー。じゃあ、
谷店長というのは、うちの店の店長。確か、36とかそこらだ。
「えー、谷さんですかぁー?」
どうでもいいけど、私を挟んで盛り上がらないでくれ。
私もいずれ河合店長のようになるのだろうか。この仕事に就いたときはとにかく前職を辞めたい一心で、先のことなんて考えられなかったが、店舗拡大を目指すオーナーの元でこのまま社員として働いていけば、いずれ店長を任されるのは目に見えている。
河合店長みたいにプライベートを犠牲にしてまで仕事に打ち込んだり、蛭田くんみたいに出世を目指したりなんて、私には真似できない。私はとても、人の上に立つような人間じゃない。
成り行きに任せて、いつか訪れるそのときに覚悟を決めるか、また違う道に進むかはそのとき次第だ。いつでも抜け出せるように、スキルはつけている。仕事の後や休みの日には、少しずつ時間を見つけて医療事務のテキストを開いている。冬までには試験を受けられるようにしたい。
「ではではみなさん、お待ちかねのクイズのお時間でーす」
盛田くんが立ち上がって呼びかける。みんな、適度にお酒も入って、拍手で盛り上げる。
「今回は、店長さん、マネージャーさんがたにご協力いただきました! このクイズで、みなさんのプライベートを覗いちゃいましょう!」
あ、これ、プライベートを覗くってテーマだったのか。最近はまってることも、最近笑ったことも、仕事関連のこと書いちゃったよ。じゃあクイズにされるのは、あれか。
「では、第1問! 天沼駅前店の中村マネージャーについてのクイズでーす」
私からかよ。まあ、偉くない順にやるとそうなるか。
「中村マネージャーの趣味は何でしょーかっ」
そう言って、盛田くんは、画用紙を掲げた。中村マネージャーの趣味は何でしょうか。①アニメ鑑賞②演劇鑑賞③人間観察、と書いてある。その横には、私の似顔絵なのか、女の人の絵がある。
どこから突っ込めばいいんだ。
1番だな、と石塚さん。違うし。確かにオタクっぽいキャラけど、アニメなんて詳しくない。
「1番だと思う人ー?」
盛田くんの声に合わせて、石塚さんをはじめ、半分以上が手を挙げる。やっぱ私って、そんなイメージなのか。
「2番だと思う人ー?」
オーナーや谷店長、蛭田くん、と私の学生時代を知っている人たちが手を挙げた。
「3番だと思う人ー?」
残りの数人が手を挙げる。お酒が入って、すでにできあがっている人たちだ。
「正解は……2番でーす」
えー! という声が上がる。えーって何さ。
「演劇好きなんだー」
「そうなんですー」
「お休みの日とか、よく観に行くの?」
「えーっと、そうですね。この間も、大学の友だちと観に行って……」
話しながら、やっぱり書くんじゃなかったと思った。まさか今頃こんなことになっているとは予想もしていなかった。この間は確かに楽しかったけど、いまや、しばらく芝居は観たくない。きっと、観に行く度に、自分もやればよかったという思いに駆られるんだろう。
その後のクイズが全部終わると、石塚さんは谷店長の隣に移った。やっと解放されたねーと、河合店長が話し掛けてくれた。でも、河合店長と、向かい側にいる女子たちが繰り広げる、話題のドラマや、好きな芸能人や、テーマパークのアトラクションの話にはうまくついていけず、にこにこしながら相槌を打つだけになってしまった。
もしかすると、石塚さんの機嫌を取っていた方がよかったかもしれない。
◆
私のテンションとは裏腹に、納涼会は大盛況で終わった。2次会にも付き合って、結局終電だ。
といっても、私の家の最寄り駅の
家に帰り着くと、母親は溜め息交じりに言った。
「明日も仕事でしょ。身体大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「明日になって、気持ち悪いとか言っても知らないよ」
「大丈夫だって!」
◆
翌朝。
洗面所に向かい、悔しながらにつぶやいた。
「気持ち悪っ」
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