# 4
やっぱり、そういうお誘いだったか。何年も会ってないのに、急に芝居見に行こうだなんておかしいと思った。私は久しぶりの演劇トークで盛り上がっていたのに、志波ちゃんはずっとこの話を切り出すタイミングを窺っていたのか。
でも、何で私なんだろ。他にうまい人いっぱいいたはずなのに。
「皐月ちゃん、普段は落ち着いた感じだけど、舞台に立つと堂々としてるし、皐月ちゃんがやってくれるなら安泰だと思うんだ」
本当に? そんな風に見てくれてたの?
「団長の
後藤さん。名前と、ゆーとぴあの団長だということは知っているし、絶対会ってるはずなんだけど、どの人だったのか結びつかない。そんな方が印象に残ってると言ってくださるなんて。
単純だが、悪い気はしなかった。卒業公演は、それまでの公演の中でいちばん力を入れていた。“社長夫人”のステレオタイプを凝縮したような、自分とは真逆の役柄を演じるために、いろんな小説やドラマを見て、世間の“社長夫人”のイメージを体現しようとした。その甲斐あって、我ながらうまく演じ切れたと思っている。それを見てくれた人がいるなら率直に嬉しい。
でも、それ何年前の話さ。
「けど、あれ以来舞台になんて立ってないし、学生のときと違って、ゆーとぴあの公演ってお金取るんでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。3年ちょっとのブランクなんて、気にならないし。それに、実は、お願いしたい役って、重要な役の割に台詞少ないの」
そう言って志波ちゃんは、鞄から台本を取り出した。
「今日も稽古だったんだ。はい」
言われるままに、私は台本を受け取る。
ページをパラパラとめくると、“魔女”や“呪い”といった単語がやけに目につく。いい大人になっても、いまだにファンタジー調の芝居をやっているのかと思うと面白い。
「途中から出てくる、マーシャって役だよ」
“マーシャ”の出てくる行を探すが、ト書きばかりで、台詞が見つからない。台本をざっと追っていると、途中で「マーシャは心に深い傷を負って、声を失ってしまったんだ」という台詞を見つけた。続けてしばらくページをめくると、ようやく台詞があるシーンがあった。どうやら、主人公がマーシャの心を開いたという流れらしい。
もしかして、この役って、ヒロインなのか?
でも、最後のページを見ると、主人公とアンナという女の子が愛を誓い合うシーンがあった。
「どうかな。皐月ちゃんのイメージに合う役だと思うんだ」
うん。よく分かんないけど、確かにそんな気がする。
「でも、重要な役っていうなら、私みたいな部外者が演るより、団員が演ったほうがいいんじゃない? 台詞がないってのも、逆に難しいと思うし。志波ちゃんは演らないの?」
志波ちゃんはニヤリと笑って答えた。
「私は魔女役。私以外に誰がそんな役演るっての」
なるほど。妖艶な悪役は、学生のときからの志波ちゃんのハマリ役だ。
「女子は他に、声優さんやってる人がいるけど、喋らない役は嫌だってさ」
声優さんもいるのか。確かに、声優さんに喋らない役はもったいない。
「だから、皐月ちゃんが頼みの綱なんだ。もちろん強制はしないし、ここですぐに返事しろとは言わないけど、考えてくれないかな?」
正直、気持ちは揺れていた。うまくできる自信はないけど、必要としてくれるなら……と、首を縦に振りたかった。けれど、さっきから引っかかっていたことがあった。
「でもさ、稽古って、土日でしょ?」
「うん。そうだね」
ああ。そりゃそうだよね。
「私、今、コンビニの仕事だからさ」
「ああ、そうだったね……土日も働いてるの?」
そりゃそうだ。
「うん。曜日関係ないから。それに、私がみんなのシフトのわがまま聞く側だから、休み合わせるの難しいと思う」
「そっか……大変なんだね。でも、大丈夫だよ。他のメンバーも仕事とかしながらだし、みんなが毎回来られる訳じゃないし」
志波ちゃんはめげない。
「それに、こっちからお願いしてる立場だし、無理は言わないよ。なんとかするから」
なんとかするって。なんとかなるのか?
私がシフト調整でどれだけ苦労してるかも知らないで。店長もベテランの主婦の人も土日は来ないのに。学生だけじゃほとんど頼りにならないから、私が回してるっていうのに。まあ、月~金勤務の銀行員には分からないか。
やってみたい気持ちはある。でも、どうしても日程のことがネックだ。ここは、すぐに返事しろとは言わないという言葉に、甘えさせてもらうとするか。
ただ、もう一つだけ、気になったことがある。
「私以外に、声掛けてる人いるの?」
志波ちゃんは首を横に振った。
「いないよ。皐月ちゃんだけ」
私は考えるそぶりをして、そして答えた。
「ちょっとだけ考えさせて」
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