2・武器



 ビルの内部には人の気配は全くない。月明りに照らされてどこまでも廊下が続いていくだけだ。


 なにもない。


 けれど、奇妙な気配のみが漂っている。


 気持ち悪い。


 弦音は全身が凍るような思いにとらわれて、思わず口をふさいだ。


「ツンツン。ビビっている場合じゃないよお。いまからラスボス倒しにいくんだよ」


 ラスボス?


 そういうことになっているのか。


 弦音は後悔した。


 なぜこんなところに来てしまったのだろうか。一度家に帰った時にそのままいればよかった。


 なにもかも忘れて、いつものように朝が迎えられたはずではないだろうか。


 しかし、後悔しても仕方がない。


「あれ? なんかあっちでドンパチが聞こえるよ」


 そう言われてみれば、金属音が聞こえてくる。月の光に当たって、きらりと光が見えている。


「いくぞ」


 朝矢が駆け出した。


「あっ有川さん」


 弦音も駆け出そうとしたとき、突然ナツキが弦音の足を引っかけた。


「うわっ」


 そのまま倒れこむ。


「なにするんだよ」


「ごめん。ごめん。ダメだよお。なにも持たないでいくなんて、無駄死にするだけだよ」


「死……」


 とんでもないことをいう子供だ。


「ほらほら、立って、立って」


いわれるがまま立ち上がると、ナツキは手のひらを見せた。


「はい。道具」


「え?」


 なにもないではないか。ただ手のひらをみせているだけだ。


「よーくみてよ。ツンツン」


 そう言われてもう一度ナツキの手を見ると、いつの間にか野球ボールが浮かび上ってきた。


「とって」


「あ……ああ……」


 弦音は野球ボールを受け取る。


「これがとりあえずの君の武器」


「はい?」


 野球ボールが一個。これをどうしろというのだろうか。


「イメージだよ。イメージ。いつもイメージしてよ。ボールを持つイメージしたら、いくらでもボールがでるから、あとは相手向かって投げるだけ」


 ナツキは投げる素振りを見せた。


「簡単だよね。さてといこう。そろそろ闘いがはじまるよ」


 ナツキが駆け出した。


 弦音は手に持ったボールに視線をむけるとすぐに彼らを追いかけた。



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