2・男と少女
廊下を走っていると、床にいくつものなにかの破片が転がっていることに気づく。緑色の何か。
それはカマキリのような物だった。
その中には人の手らしきものがあるしかし。その規模は小さく、赤子よりも少し大きいぐらいだ。
「人形の破片だな」
山男がそう分析する。
「ああ、そうらしい」
「尚孝が破壊したのか?」
「それはねえよ。いまの芦屋さんにはそれは不可能だ。捕まったということは銃も取り上げられていただろうからな」
カーン
ドシャ
ブシュ
金属音となにかがはじけ飛ぶような音が暗闇の中で響いている。
「霊気が集中している。だれか戦っているようだ」
「ぎぁああああ」
何かの悲鳴が聞こえてくる。
その直後暗闇から緑色の物体が朝矢たちの目の前に転げ落ちる。
カマキリだ。
大人ぐらいの大きさのあるカマキリが目の前に転がると同時の胴体が真っ二つに切れ、体内からは緑色の血が飛び出る。
液体は朝矢の身体にかかり、そのまま蒸発した。
「尚孝ではないな。霊力のもたぬあやつに不可能だ」
「なら、だれが……」
「あーら、意外と早く来たのね」
朝矢は少女の声にはっとすると身構え、闇の中を睥睨する。
「どうしたんですか? 有川さん」
後ろから追いかけてきた弦音が怪訝な顔 で朝矢と同じ方向をみる。
「あれれ? そこにいるのは千早ちゃんじゃないかー」
どこか緊張の走る雰囲気を壊したのはナツキだった。
暗闇が月の光で晴れ、闇の中から少女の姿が露わになる。
「あら、いやね。あんたも来ていたの? ナツキ」
彼女はナツキの姿を見るなり、眉間に皺を寄せた。
そんな子供たちの不思議な対面をよそに朝矢の視線は彼女ではなく彼女の後方へと注がれた。
なにかを切り裂く音が響いている。
そして、彼女の背後に一人の男の影が月の光を浴びて姿を現した。
「しねえええ」
カマキリが男を襲うが、あっけなく真っ二つで切り落とされ、地面に倒れていく。
緑の血しぶきが彼の顔に降り注ぐ。
男はこちらを振り返った。
その瞬間、朝矢の眼が大きく見開かれた。
「とりあえず、芦屋尚孝たちは逃がして、ある程度は排除しておいたから……」
彼女がいう。
「これらを倒したのは君たちなんだあ」
「そうよ」
「なんだ。つまらない。もう少し取っておいてもいいんじゃないの?」
「十分とってあるわよ。ラスボスはね」
「そっかー」
ナツキの手にはいつの間にかバットが握られており、猛ダッシュで少女へと走り寄り、バットを思いっきり振り下ろした。
「え?なにを?」
弦音が驚くのは言うまでもない。
バーン
しかし、バットは少女に当たることなく、床をたたきつける。
「久しぶりにあったのに相変わらず乱暴ものねえ」
「それはどうも……。なに考えているかわからない君よりはましさ」
ナツキは彼女だけに聞こえるように話しかける。
その口調はいままでと違っていた。
先ほどまで年相応。いやもう少し幼い話し方をしていたというのに彼女へと話しかける口調は妙に大人びている。
「なにを考えている?」
「別になにもないわ。ユキが助けたいというから手助けにきただけよ。あなたは相変わらず、飼われているのね」
「飼われていないさ。これは俺の意志だ」
そう言いながら、バットを横に振る。
千早と呼ばれた少女は軽く飛んで回避すると、男の元へと戻る。
そのころにはすでに動くカマキリはいなくなっており、死体だけが床に転がっている。やがて、死体も黒い霧となって蒸発していく。
「なーんだ。遊んでくれないの?」
「今度よ。今度」
ナツキの口調はすでに戻っていた。
そんな騒動にまったく無反応のまま、朝矢の視線はカマキリたちを切り倒した男のほうを茫然と見ている。
「有川さん?」
弦音が話かけても答えてはくれない。
「生きていたのか……」
山男がいう。
それから、ほどなく朝矢がつぶやいた。
「……兄貴……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます