3・兄の存在

 “祓い屋”を始めたのは、小学五年のころからだ。


 それまでの朝矢はどこにでもいるごく普通の田舎の子どもにすぎなかった。


 そんなある日、 ずいぶんと涼しくなってきた秋の日のこと。


 二匹の狼と出会った。


 狼自体初めて見るものだから、実際の大きさも毛色も知っているわけではない。


 けれど、その狼が異質な存在なのはすぐに理解した。その証拠に人の言葉を話し、毛色が太陽の光に照らされて金色と銀色の輝いていたからだ。


 彼らは言った。


 お前はこれから“鬼”を封印しなければならないと……。 


 正直、なぜ自分がそんなことをしなければならないのかと彼かに反発したのはいうまでもない。


 けれど、結局のところ、朝矢はいやおうなく彼らのいう“鬼”という存在の巻き起こす事件に遭遇することになった。


 それもこれも、二匹の“神獣”と呼ばれる狼と出会い、今までなかったはずの“鬼”と戦うための力を手に入れてしまったことによるものだ。


 朝矢は面倒臭がりではない。目の前に起こる出来事を無視するような人間でもなかった。


 故に気づけば、そちら方面へと足を踏み入れてしまっていた。


 その手には魔を祓う弓が握られており、その矢を放ち敵を討つ。


 その矢が目標のものを突き刺さる瞬間がなによりも快感を覚えるふしがあった。


 気づけば、日常生活を送りながら、悪さをする“鬼”と呼ばれる得体のしれないものとの闘いに身を投じている


 それゆえに朝矢は毎日のように傷だらけだった。


 ゆえに両親にいつも心配をかけていたのはいうまでもない。


「お前はまた悪さしたとか?」


 どちらかというとやんちゃ坊主だった朝矢を父はよく叱咤した。


 違う。自分は妖怪退治をしているんだといったこともあった。もちろん両親は当初まったか信じてはくれなかった。元々妖怪退治業、いわゆる祓い屋をする以前からなにかと怪我が絶えなかったこともあり当然の反応だ。


 両親には霊や妖怪といったものが生まれてからこのかた見えたことがない。そういうものを信じるような年齢でもなかった。ゆえに、とくに父親は朝矢のいうことをただの子供の戯言だと片付けていた。

  

母のほうはもう少し柔軟に話を聞いてくれてはいたのだが、ただ困惑するばかりだった。母とは血のつながりはない。


 実の母は朝矢が生まれてすぐに亡くなっており、いまの母は朝矢が七つの時に父が再婚した相手だった。そういうこともあって、母は血の繋がらない息子に母と認めてもらいたくてなんとか話をあわせようとしたのだろう。だけど、うまくいかずにただ悩んでいたことを朝矢は知っている。


だから、本当はそんなこといって母を困らせるべきではないのだ。だけど、うまい嘘の付け方なんて知らない。


朝矢が悩んだ時に向かうのは墓地だった。


写真でしか見たことのない実の母が眠る墓石。


実母ならば朝矢の話を理解してくれたのだろうか。


 そんなことを考えながら墓に花を添えて手を合わせて自分の置かれている立場について語った。


  けれど、実母がなにか反応してくれるわけではない。


ほかの霊や妖怪がみえるのに実母が朝矢の前に現れることはなかったからだ。



「おらんばい」


 そう答えたのは兄だった。


 八つ年上の兄。家族の中で唯一、朝矢の話を信じてくれた兄が優しくそういった。


「おらん?」


 もういない?


 どういうことなのかと朝矢は兄を見る。


「母さんはこの前あちら側に行ってしもうたとばい」


 あちら側に行ってしまったとはどういうことなのかと朝矢が首を傾げていると、兄はいたずらが成功したかのような笑みを浮かべながら話をつづけた。


「あたら側はあちら側。天国とか黄泉の世界とかそういった世界のことばい」


「なんで、兄ちゃんがそがんことわかるとや?」


「あれ?知らんかったか?おい、霊能力あるとばい。母さんは死んでからもはしばらく幽霊となっておらしたけん。よく会話しよったとばい。けんど、父さんが結婚したやろう。そしたら、ほっとした顔であちら側にいってしもうたばい」

 


 兄は淡々と話す。


 実の母の幽霊が父が再婚するまでいた?

 その姿を兄はずっと見ていた。

 

 朝矢は面食らった。


「はあ?聞いとらんぞ。そがんこと」


「言うたことなかし、特にいう必要もなかったけん」


「必要なかわけなかたい。兄ちゃんだけ、母さんが見えよったなんてずるか」


 朝矢が興奮したようにいうと、兄はポンポンと朝矢の頭を叩いた。


「なんすっとや」


「よかやん。朝矢も霊力もったとやろう」


 兄は二ッとと笑う。


 霊力は持った。けれど、母の姿はない。


 朝矢が霊力を持つ前にこの世からいなくなったのだ。見えるはずもない。


「ずるい……」


 朝矢はひて腐れた。


「それは仕方なかけん。諦めろ。それよか、おいも手伝わせろ」


「え?」


「おいは霊力がある。生まれたときからあっけんなが、お前よりもたくさん霊力が蓄えられとるはずばい。絶対にトモの役に立つ。手伝わせろ」


 そういう兄はまるで無邪気な子どものような笑顔を向けていた。


 兄はいつもそうだ。朝矢の前ではいつも明るかった。口の悪くぶっきらぼうな朝矢とは反対に、人当たりもよく、明るい性格だから、周囲に自然と人が集まる。


 羨ましくもあり、あこがれでもあった。


「そういうわけで、詳しく教えろ」


 正直戸惑った。


 霊能力があるからといって兄を巻き込んでいいものかと……。


 けれど、自分一人で、すべてをどうにかできるとは思えなかった。


 ゆえに兄を巻き込むことにした。


 兄だけではない。


 他にも巻き込んだ。 


 クラス委員をしていた少女とその友達。


 京都からやってきた少年。


 そして、ある日兄が連れてきた親友とそのまた友人。


 気づけば、多くの人を巻き込んだ。


 そして、


 “祓い屋”を始めて数年後、

 

 ある事件で


 一人の女性が死に

 

 兄が消えた。




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