4・記憶と今
「……兄貴……」
目の前にいるのは兄だった。
最後にあったのは、兄が22歳のころ。
いまから六年も前の話だ。
就職先も決まり、順風満帆な人生だったはずの兄がある事件をきっかけに忽然と姿を消したのだ。
その時、朝矢はなにもわからなかった。ただ、兄が妙に切羽詰まった顔をこちらへ向けていたことは覚えている。
それ以外の記憶はなく、顔面蒼白になる兄やその親友の姿。
朝矢の身体中に激しい痛みとなにかが入ってくる感覚のみが残っていた。
気づけば、朝矢は病院のベットの上。
心配そうに顔を覗かせる両親。
告げられたのは、兄がいなくなったということと、ひとりの女性が殺されたという事実だった。
両親は警察に捜索願を出した。
けれど、見つからない。
どこを探しても、痕跡さえも残っていなかった。
まるで神隠しにでもあったようだ。
そのうち、兄の捜索は突然打ち切りになってしまった。それに対して、両親が抗議したのはいうまでもない。けれど、警察はそれ以上の捜査はできないと一点張りだった。
『俺が探します。俺が警察に入って探しますから』
両親が独自に探そうとしたときに、兄の親友が そう言った。
兄の親友は言葉通り、警察になった。
脳裏にその時のことが過る。
黒い服を纏う男。髪は記憶の中の兄よりも長く、前髪で目元を隠している。
黒髪が月の光に照らされてほのかに銀に輝いているのは気のせいなのか。いや、実際に彼の髪の色素が薄いのだ。
けれど、その姿はまさに朝矢の知っている兄の姿。けれど、雰囲気は記憶の中の兄とは異なっていた。
「兄貴。兄貴」
朝矢はゆっくりと男のほうへと近づいていった。
「きいいいい」
朝矢と兄との間に突然化け物カマキリがその鎌を朝矢へと向かって振りかざそうとした。
「邪魔だ。どけ」
朝矢は刀でそれを切り裂く。
カマキリはそのまま地面に倒れこんだ。
「兄貴。てめえええ」
刀を消すと、兄らしき男の襟をつかんだ。
突然のことで、男は眼をまるくする。
「なにしてやがった。いままでどこへ消えていたんだよ。ぼけ」
「あらら?」
少女が楽しそうに笑う。
弦音はなにが起こっているのかわからずに呆然とし、その横で山男が目を細めている。
「おーい。これって、感動の再会とかじゃないのお」
ナツキがのんびりとした口調で言っている。
「どこにいた。このくそ兄貴」
兄は一瞬面食らったような顔をしたが、スーッと無表情になるなり、思いっきり拳で朝矢の腹部を殴りつけた。その反動で兄を掴んでいた朝矢の手が離れて、朝矢はうずくまりながら、蹴られた腹部を抑える。
「いて……。なにしやがる」
「いま、そんなこと言っている場合じゃない」
兄の口調は冷ややかだった。記憶の中では決して聞いたことのない冷徹な響きに、朝矢はハッとする。
兄のいう通りだ。
それどころではない。
気が付けば、カマキリがまたウジャウジャと湧き出てきている。
「うわうわうわ」
弦音が喚いた。
朝矢は立ち上がると、再び刀を出して、自分に襲い来るカマキリたちを切り倒していく。
弦音はとにかく逃げまどい、ナツキもバッドで殴りつけていた。
「ツンツン。逃げるだけじゃだめだよお」
「そんなこと言われても……。うわ」
鎌が襲ってくるかろうじてよける事てができた。
その傍らで山男がカマキリを噛みちぎっていく。
「逃げてないで、ほらほら玉投げてみな」
そう言われて、弦音は自分の手に野球ボールが握られたままであることに気づいた。
一か八かだ。
弦音は自分に襲い掛かろうとするカマキリに思いっきり、ボールを投げつけた。見事にヒットする。
カマキリはそのまま床に倒れこんだ。
「その調子だよ。はいはい、次だよ。次」
ナツキに促されるまま、手に現れるボールを投げていく。
「ほほお。ボールだとコントロールいいなあ」
山男がそんなことわつぶやいた。
「くそっ、キリがねえ」
朝矢が愚痴る。
「ここはおれたちがやる」
背中合わせで兄がいった。
「そうよ。ここは元々わたしたちのテリトリーよ。あなたたちのテリトリーはこの先」
少女が襲い来るカマキリに人形の持たれていない手をかざすと、そのままカマキリが後方へと吹き飛ばされていく。
「さあ、お人形さん。あなたも戦いなさい」
少女がいうと、彼女の腕の中に納まっていた人形が彼女の腕からふわりと浮かび上がって離れると同時に、身体が大きくなっていき、人間の大人と変わらない大きさになった。
人形はカマキリを思いっきり殴りつけ、カマキリが次々と粉々に崩れていった。
「とにかく急ぎなさい。もう12時よ。また生まれるわよ。“鬼”が……」
朝矢はハッとした顔で少女を見る。
「お前は、いったい……」
「あとだ。とにかくいけ」
少女の代わりに兄がそう答えた。
朝矢は兄を見る。兄はすでに朝矢から離れて、カマキリを倒している。
「トモ兄。いこうか」
ナツキが言った
。
「先を急ぐぞ。朝矢。それと弦音」
山男に呼ばれて、弦音がきょとんとした。
「早くしろ」
「あっはい」
山男に促されて走り出す。
朝矢もまたカマキリを一匹倒すと駆け出し、兄の横を通り過ぎる。
兄と一瞬視線があった。
言葉が出ない。
聞きたいことは山ほどある。
この後、会えるのかわからない。
またどこかへいってしまうかもしけない。
そんな不安はあった。
でも、いまは立ち止まる暇はない。
今、やるべきことは久しぶりにあった兄と語らうことではなく、この先にある事件の元凶のもとへ向かうことだ。
朝矢は兄から視線を逸らすと、目的の部屋へ向かった。
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