5・ほんの少しだけ……
大丈夫かしら。
芽衣は不安になった。店長はああいってくれていたけれど、自分は果たして帰っていいのだろうか。自分にもなにかやるべきことがあるのではないか。
彼らの元を去ったのちにもう一度振り返る。人込みのせいか彼らの姿はすでにどこにもなかった。どうやら人気のない場所へいってしまったらしい。
いいのだろうか。
よいのか。
もしかしたら、なにかとうでもないことが起こるのではないかという不安。
危険
なぜかそう感じた。
あの人に危険が迫っている。
警音が鳴り響く。
あの人?
それはいったい誰のことだろうか。
店長?
それとも刑事さん?
芽衣は思わず彼らのいた場所に戻ろうとした。
「姉さん」
一歩踏み出そうとしたとき、背後から声をかけられた。振り返ると弟の姿があった。
「亮太郎?」
「塾の帰りだよ。ついでだから、姉さんといっしょに帰ろうとおもったんだ」
塾?
そういえば、亮太郎は店の近くにある進学塾に通っていた。塾へ行く前、店に寄ってきたことを思い出した。そのタイミングで刑事がなってきたのだ。
「珍しいわね。あなたがいっしょに帰ろうだなんて」
「本当はそのまま帰ろうとも思ったんだけどさ。ちょうど姉さんの姿が見えたからたまにはいいかなと思っただけだ」
亮太郎はムッとする。その様子に芽衣はどこか安堵を覚えていた。いつもの亮太郎だ。一時期、ものすごく落ち込んでいた時期もあったのだが、二週間ほど前からどこかすっきりしたような顔になっている。なにか付き物が取れたような晴れやかな顔。なにかあったのだろうか。
聞いたことがあったが、彼自身よくわからないという。ある日突然、自分の中にあった蟠りや後悔といったものかスッと抜け落ちてしまったのだという。
「まあいいわ。帰りましょう」
芽衣は弟とともに歩き出した。
しばらくすると、芽衣は不意に思い出す。
「亮……。あのころから持ってかなくなったわね」
「え?」
「花よ。花……。いつも一輪花をもっていってたじゃないの」
「……。必要ないと思って……」
「え?」
「もう必要ないと思ったんだ。いくら花を納めても、もうそこにはいない……」
「いない?」
「うん、いない。それよりも早く帰ろう。僕、お腹すいたよ」
「なによ。子供みたいに……。あなた、もう高校生でしょ」
「いいじゃないか。腹がすくには人間の生理現象だ」
「まったく……」
芽依はため息を漏らしながらも、幼馴染みだった葉山麗の自殺したことに対する後ろめたさがほんの少しだけ解消されていることに内心ホツとした。
「このまま、乗り越えてくれたならばよいのだけ……」
「姉さん? なにかいった?」
「なんでもないわ。行きましょうか」
二人は駅の方へと向かって歩きだした。
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