6・愛しい眼

 歌が聞こえる。


 常備灯とテレビの光のみで照らされた部屋で、テレビから漏れる歌声のみが響き渡っている。


 部屋は見渡す限りの棚には無数の人形やぬいぐるみたち。そのほとんどを閉めているのが、くまのぬいぐるみとフリルのドレスを身に付けているフランフ人形。その半分がなぜか眼球のない状態で棚に並べられている。


棚だけではなく、床にも作りかけと思われる人形が転がっており、それにも眼球らしきものがなかった。


そして、そんな人形やぬいぐるみに囲まれるかのようにあるミシン台に窓から差し込んでくる月の光が差し込んでくる。


ミシン台のすぐ隣のテーブルには、作りかけのぬいぐるみと裁縫道具。その前に座る女性は眼球のないフランス人形を手にとってじっと見つめていた。


「どちらかにしてもらえたら嬉しいんだけねえ」


 彼女の後方から声がした。女性というよりも少年の声だ。


「どちらも好きなの。ぬいぐるみを作るのもすきだけど、最近は人形を作ることがすきよ」


 人形の前に座る女性がいった。


「そうね。君の作るものは僕も好きだよ」


「ありがとう……」


 彼女が微笑みながら後方を振り替える。そこには、十歳ほどの少年が一人たたずんでいた。フードつきのトレーナーに半ズボン。どこにでもいそうな少年が微笑んでいる。その手には一体の男の子の人形がにぎられていた。


「でもね。そんなに素敵なのに、どうして迷うんだい?」

少年は首を傾げながら尋ねる。


「迷うわ。どうしても見つからないのよ。どうしても……」


「そうなの……」


「でも、ようやく見つけたわ」 


 彼女は眼球のない人形をうっとりとした顔で見た。


「ふふふふ。とめようとしても無駄よ」


「別に止めない」


 少年とは別の声が聞こえてきた。今度は声変わりを迎えようとする少年の声だ。


 彼女はそれ以上振り向かなかった。それよりも自分の手のなかにおさまっているフランフ人形の空洞となっている箇所に自分が見つけた眼球がはまることを想像することに喜びを感じていた。


「そう……。大丈夫よ。これが完成すればやめるわ。これさえあれば満足なの」


 彼女は口元に笑みを浮かべた。


「ふーん、そうなんだね。それで手に入りそうなのかい?」


「ええ、もうすぐ手に入るわ」


「でも邪魔もいるだろう?」


「それは大丈夫。もう指示しているわ。それよりもあなたたちが手にいれようとしたものは奪われたそうね」


「よく知っているなあ。でも、大したことはない」


「そんなものなの?」


「ああ、あれぐらいの小物を彼らに奪われることなどとくに支障はないということだ」


「あら、お知り合い?」


「知り合いといえば知り合いかな。決して友好的ではないけれど」



「ふーん。まあ、どうでもいい話ね。となりのビルのことなんて私には関係ないわ」



「関係ないことないだろう? あれは君に放たれた呪詛だったはずだよ?」



「そうだったかしら。でも、私にはなんともなかったわよ」


彼女は人形を高々とあげる。


「ふふふふ。あんな呪詛なんて簡単にはねのけられるのよ。それよりも……」


そして、人形を自分のものに引き寄せ、空洞の中へと指を入れる。


「こうやって入れるのが楽しみよ」


「狂っているな。きみは」


「それはあなたたちもでしょ」


「まあ、どちらにせよ。うまくいくことを祈っている」


そういうと少年の気配が彼女の背中から消えていった。


「うまくいくわよ。今回も簡単なこと」


そういって、彼女は微笑んだ。


 

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