7・怪しい影

「痛いよお。痛いよお」


 猿は背を丸めて泣いている。


 朝矢はそれをみながら、ため息を漏らした。


 そして、猿を片手でつかみ上げる。


「うわうわ。なにをする」


 猿が慌ててる。


「動くな。ぼけ」


「おいこら、陰陽師。まさか、仕返しか。仕返しか」


「んなことするか。ぼけ」


 朝矢はブツブツ文句を言いながら、猿の手から爪楊枝ほどの大きさになった矢を抜き取ると、そっと床に置いた。


「有川さん」


 またさっきのように化けるのではないかと思った弦音が声をかける。


「大丈夫。浄化されたみたいだよ。もう……たぶん……鬼化しない」


 たぶん?


 たぶんってなんだ?


 鬼化?


 また単語が増えた。


 鬼化とはなにか。


 弦音の頭は混乱し放題だった。


「えっと、なんていうかな。あれはモノノケ。別名妖怪ともいう。それならわかるよね」


 妖怪


 聞いたことがある。


「もっと簡単に言えば“ゲゲゲの鬼太郎”に出てくるキャラクターを思い出せばいい」


 そう言われれば納得できた。


 ネズミ男


 猫娘


 砂かけ婆


 そんな類のキャラクターたちの顔が浮かぶ。


 普段は人がみることのないモノたち。けれど、実はずっと自分たちの身近にいる存在。


「君が最近みてきたモノのほとんどが“モノノケ”という存在だ。そしてモノノケがなにかがきっかけで強大な魔力を得て進化したものを“獣鬼じゅうき”という。その過程を“鬼化”と呼んでいる。それがさっきみたものだよ」


 柿原がそう説明してくれた。


「そうなんですか……。えらく詳しいですね」


「まあ、芦屋さんから聞いたけどね。そういうらしいよ。“陰陽寮”では……」


「おんみょうりょう?」


「ぼくたちの組織の大元……。スポンサーってところかな」


 よくわからない。


「おい、お前ら、無駄話はあとにしろ」


 さらに話を聞こうとすると、朝矢がさえぎ去った。


「そろそろ、結界が解ける。面倒になる前にビルを出るぞ」


 朝矢のほうを見ると、その腕の中にはしっかりと猿が握られていた。その手には包帯が巻かれている。朝矢が処置したようだ。


 猿はやる気を失ったようにうなだれている。


「あのお」


「連れ帰る。いろいろと聞きたいからな」


「え?」


「ああ、例えば、隣のビルからくる視線とかな」


「視線?」


 弦音は怪訝そうに壊れた窓の外を見る。


 そこには二つのビルがあった。一つは一般的にビルでいまだに明かりが灯っている。もう一つはおかしな形をしたビルでまったく明かりが灯っていない。


 果たしてどちらのビルだろうかと思っているうたに、破壊されていたはずの壁や床が元に戻っていく。


「もう切れる。行くぞ」


 朝矢に促されて、弦音たちもその場を去ることにした。


 瓦礫も散らばった本たちもいつの間にか元の姿へと戻り、何事もなかったような静けさがその部屋に戻っていた。


 もう締め切っている窓の向こう側。


 おかしなビル。


 真っ暗になっているビルの中、人影が確かにあった。

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