6・成都の長いノロケ話

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 おれたちはお前たちのいうところの“悪さをする妖怪”退治って感じのことをしてんねん。


 なぜ?


 いつからしているかというとやなあ。


 そりゃあ、子供のころからや。


 あれは小学五年の秋のことやった。


 おれはなあ。


 ちょいと、親の仕事の関係で京都から九州へ転校しとったんや。


 そうしたら、めっちゃかわいい子がおってなあ。


 一目ぼれというやつや。


 ひとめぼれ。


 それがおれのマドンナ・さくらやあ。


 それから、おれはさくらを口説きまくったんや。


 妖怪退治ちゅぅもんやることになったのも、さくらを振り向かせるためや。


 どうしても、さくらと付き合いたくてなあ。


 え?


 それはどうでもいいって?


 これ大切や。


 なにせ、おれと……。


 いてっ


 なにすめねん。


 トモおおお。


 え?


そうやないって?


まあ、確かに最初はさくら関係ないかったわあ。


さくらよりも先にトモが妖怪退治してんのに遭遇したんやったああ。


ハハハハ


忘れ取ったわあ


いてっ


トモーー。そんなに怒んなって


そんなに俺に惚れとんのかーい。しかーし、俺はさくら一筋や。


そんな趣味は……


いてえ


なんかひどかなってへんか?


ちゃうって?


そんな趣味はないんやてえ。


もちろん、知っとるわーー。


だって、トモは……。


いてええええ


堪忍、堪忍


わかった。


わかったから、叩かんといてえ。



わかったわ~


続き話すでえ



そんでもって……




※※※※※※※※※※





 それから長々と話を続けていたが、そのほとんどが“さくら”の話だった。


 さくらがだれかはすぐにわかった。


 会計のところでずっとパソコン画面を見ていたメガネをかけたショートカットの女性のことだ。


名前は澤村桜花。


 名前に“桜”という文字がついているから、関西弁の彼=高柳成都が“さくら”と呼んでいるとのことだ。そのこともノロケ話で聞いている。


 弦音にとってはどうでもいい話だ。


 この成都と桜花の仲がどんなものかは弦音にはまったく関係ない話だ。


 それよりも重要な話があるのではないか。


 長々と話の中の節目に出てくる“モノノケ”・“アヤカシ”・“オニ”といった単語の意味が知りたい。


 知りたい?


 いやいや、俺はなにを考えている。


 俺はやるつもりはない。


 断るつもりだ。


 つもりだったはずなのに、なぜかその単語に興味を注がれる。


 オニとはなにか。


 アヤカシとはなにか


 モノノケとはなにか


 弦音のなかで疑問だけが重なる。


 ただわかるのは、いま弦音の目の前にいる大猿が“オニ”という存在だ。


 その姿を見て、成都の長い話の断片が主致せされる。




※※※※※※※※※※※※


“オニ”ちゅうのは、すごくわかりやすいんや。角や。角。本数は違うけど、頭に角が生えている化け物はオニといっていいんや。まあ、オニにもいろいろ種類はあるけど、だいたい角が生えとる。


 え?


 どんな角かって?


 そりゃぁ決まっとる。


 オニの角や。


 一般的に知られる“鬼”が持つ角と同じ形をしとる。



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 角?


 確かに角がある。


 身体は猿そのもの。


 目は顔を半分覆うほどの大きな目。


 切り裂かんばかりの大きな口と牙。


 大きくて爪をとがらせた手が朝矢の身体をすっぽりと握り締めている。


「くろうてやる。くろうてやる。陰陽師」


 その口が大きく開けられ朝矢の頭から食らいつこうとした。


「陰陽師じゃねえ。あのバカといっしょにするな」


 直後、彼を握り締めていた大猿の手から血が噴き出す。


「うわああ」


 その拍子に猿の手が緩み、朝矢は解放される。


 地面足を付けた彼の手には矢が握られていた。


「矢が……矢が……」


 大猿の手には一本の矢が突き刺さっている。


 その痛みで大猿がのた打ち回る。


 なにが起こっているのだろうか。


 大猿からしてみたら、細くて小さな矢。それなのにえらく苦しんでいるようにみえる。


「矢を抜け。矢を……」


「ああ、それ抜いたら俺を食らうつもりだろう。抜くかよ。ぼけ」


「抜いてくれよおお。痛いんだよお。痛いよお」


 さっきの勢いはどこへいったのか、大猿の眼から涙がこぼれている。


「うるせえよ。てめえ。だったら、さっさと元に戻れ」


「戻る。戻るから……」


 そういうと大猿はみるみると小さくなっていき、頭に生えていた角が消えていく。


 小さくなっていけば、自然と矢がとれそうなものだが、矢もまた猿に合わせて小さくなっていった。


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