2・襲う黒きモノ

「そんでもって、おいらは隣のビルの女社長を呪い殺そうとしたんだい」


 猿に似たモノノケが朝矢の肩にしがみつくような態勢のままで語った。


 このまま逃げ出してもいいのかもしれない。


 それをしなかったのは、朝矢についていったほうがいいのだとモノノケが判断したからだ。


「けれど、返り討ちにあってしまってなあ。そのまま、逆にあの女を呪い殺す羽目になっちまった」


 あの女というのは、この猿に似たモノノケと対峙したビルで死んだという女のことだろう。隣のビルの女は、隣のビルの女社長というのは、あの社長室から見えた奇妙に形をしたビルを経営する女のことだと推測できる。


 あのビルの女が隣のビルの女を呪い殺そうとした。いったい、どんな恨みがあったというのか。




「そんなことしんねえ。まあ、男を取られたってえところだろうよ。それよりもお前……。運転荒くないか?」


「うるせえ。みりゃあ、わかるだろう。しつこいんだよ。後ろ」


 猿に似たモノノケが振り返ることもない。車だ。車がしつこく朝矢たちを追いかけてくるのだ。いくら曲がっても追いかけてくる。どんなに車が通れない細い道を通っていっても、次の本通りへと出ると、上から落ちてくるのだ。それをぎりぎりでバイクがかわしているのだが、驚いた通りすがりの車たちが急ブレーキをかける姿が見受けられる。かろうじて衝突事故が免れているのは比較的車の量が少ないおかげだ。


「上を飛んできたのか? あの車は?」


 モノノケがいう。


「見ればわかるだろう」


「狙われてんのか? おいら……。けど、心当たりない。おいらがなぜ狙われる?」


「鬼だから……」


「鬼? おいらが鬼?」


「鬼だ。いまは封印しているが、本質は鬼になっている」


 モノノケは呆然とする。


「おいらが鬼?  いやいやいや。おいらはしがないモノノケだい! そんなもんになるわけがない?」


「それでも鬼だ。気配が違う」


「それをいうならば、お前もだよな?」


 朝矢はその言葉に沈黙する。


「お前は人間なのはわかる。ちゃんと霊気が感じられるからな。でも、それに変な気配がまじってんだよ。しかもひとつじゃねえ。いくつもの気配だ」


「……」


「そのいくつもの気配の奥のそのまた奥に得たいのしれねえもん隠している。そんな感じだ。お前、いったい何者なんだ?」


「……」


「だんまりかい。うわっ」


 バイクが急ブレーキをかける。


 モノノケは放り投げられそうになるところをどうにか朝矢の背中にしがみついた。


「なんだい。いきなり」


 モノノケが顔を上げると、そこは海だ。いつの間にか海岸沿いまで来ていたようだ。 


 バイクはスリップしながら止まったらしい。


 そのまま、朝矢は海岸を背にして、自分たちを追いかけてきていた車を見る。


 車が止まる。


 ライドが消えて、ドアが開く。


 ボトン


 なにかが地面に落ちる音が聞こえる。


 見ると液体だ。


 ドロッとした黒い液体が車の中から流れ出してくるではないか。


 液体が車の前へと集まっていき、膨れ上がる。


 そして、現れたのは一つ目。


 黒い布を纏ったような形をした一つ目。その頭部には一本角。


「鬼かよお」


 モノノケが叫んだ。


 黒い布の一つ目が次から次へと現れる。


「ひい」


 モノノケは思わず、朝矢の背中にしがみついてしまった。


「返せ。返せ」


 黒い布の一つ目から声が漏れてくる。


「返せ。返せ。それはこちら側のもの。返せ」


「なんだ。なんだ」


「こい。お前はこちら側。そちら側じゃない」


 黒い布の一つ目が近づいてくる。


「悪いが、俺の一存じゃ決められねえ。そういう契約だ」


 朝矢の手にはいつの間にか、弓が握られていた。


「俺から離れるなよ」


「ひいいいい」


 モノノケは朝矢に抱きついたまま目を閉じる。


「さっさと蹴散らす」



朝矢はそういいながら、弓を構えた。



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