3・親バカにもほどがある

 いつの見慣れた風景が広がってきた。


 都心から離れた住宅街。街灯と家の明かりのみがあたりを照らしているだけでそれ以外は闇に包まれている。自分の暮らす街はこんなに暗かったのだろうかと弦音は思う。


 家々に灯る光。その中で各家庭が各々の時間を過ごしているに違いない。


 自分の家にもまだ明かりが灯っているだろう。


 もうそろそろ父親が帰ってくる時間だ。母はいつものように夕飯を作って待っているはずだ。


  高校受験を控えている妹は勉強しているころに違いない。


 いつもの帰り道。


 変わらない日常がそこにある。


 変わらない。


 変なものが見えるようになった以外は、弦音の生活というものはほとんど変化はなかった。毎日学校へ行き、授業を受けて、部活にいく。


 そんな日常だったものが、今日だけが一変している。


 していた。


 まだしている?


 今日だけ……

 

 ついさっきまで……


 もう自分の家の近所。


 もうじき、いつもの家に着く。

 

 帰ってきたら、母が「遅かったわね」と軽くいうだろう。それならばいい。

 父が帰っていたならば……。

 

 帰りが遅くなったときの定番だ。


 心配してくれるのはうれしいが、もう高校生なのだからもう少し信じてくれてもいいものだ。


 とにかく父親は心配性だ。

 

 妹が遅くなったときなんて捜索願を出す勢いになってしまい、何度となく母親が止めていると妹が帰ってくる。


「ウザい。ウザい。お父さん、ほんとうにウザい。もう早く帰らないといけないじゃないのよ」


 決まってそう愚痴をこぼす妹に父はいつも涙目。それを慰めるのが母という光景を見るたびに弦音はうんざりする。


「マジ、やばいなあ」

 

「ご両親? もしかして、門限厳しいとかかなあ?」


 弦音のつぶやきに柿原が尋ねた。


「はい。そうなんです。門限が厳しいんですよ」


「じゃあ、帰ったら怒られるかなあ」


「怒られるほうがまだマシです」


 弦音のその言葉に柿原は首を傾げる。


 確かに母親には怒られはする。


 しかし、父親のほうはというと……。


 考えるだけでもげんなりしてくる。


 だから、とにかく帰らないといけない。 

 

 帰る。


 家に帰ったら、そこはいつもの日常の世界だ。先ほど自分が体験したことなどなかったことになるに違いない。 


 けれど……。


 気になる。


 どうなったのだろうか。


 あの猿も朝矢も……。

 あのおいかけてきた車はいったい何だったのだろうか。


「さっきもいっただろう。有川君なら心配いらないよ。彼は強い。それにおそらく助っ人も彼のもとへいくはずだから……」


 助っ人?


 弦音は店で出会った人たちの面々を思い出す。 


 シゲと呼ばれた青年だろうか。 


 眼鏡をかけた女性だろうか。


 朝矢といっしょにいる狼たちだろうか。


 いろいろと考えを巡らせてみた。


「あのお」


「だから大丈夫。そろそろつくよ」 


 明かりが灯っている。


 まだ起きているころだ。


 このまま、家に帰る。


 なんとなく後ろ髪惹かれる想いを抱きながらも、チラつくのは心配そうな顔をする両親の姿。


 妹の部屋も明かりが灯っている。


 勉強している最中だろうか。


「ありがとうございました」


 弦音は車を降りた。


「じゃあ。僕はいくよ」


「あっ、はい」


 柿原の運転する車が走り去っていく。


 それを見送っていると、玄関の扉が開く音がした。


「弦音ーー!」

 

 すると、玄関が乱暴に空いたかと思うと父親が飛び出してくるなり、弦音をおもいっきり抱き締めてきた。


「弦音ーー! こんな遅くまでどこいってたんだーー!」


 父親は体を離すと涙目で弦音をみた。

 

「あ……。あの……その……」

 

 嫌だ。


 嫌だ。


「弦音が事故に巻き込まれたなんじゃないかって心配で心配で……。よかった。よかったーー!」


 そういって、もう一度抱きついてきた。


「うわ、うわ。やめろ! やめてくれよ! 父さん!」


 弦音は強引に父親を引き剥がす。


「弦音? うわーー! 母さーん。弦音がへんだーー! 僕のハグをいやがるなんてええ。不良になってしまったあああ」


「お父さん。落ち着きましょう。弦音はもう高校生よ」


 母がそうなだめている。 


「もしかしたら。悪い連中に拉致されて命からがら逃げてきたからこんなに遅くなったのかもしれない」


 うわっ、また始まったよ。


 母さん止めてくれ!


 弦音は母に助けを求めるも、ただ苦笑いを浮かべるだけだ。


「弦音。怪我はないか? だれかにひどい目に遭わされたりしてないか?」


 そういいながら、弦音の体全体を見回している。



「怪我なんてしていない! ちょっと寄り道しただけだよ。ああ、お腹すいたーー」 

 

 父のよくわからない妄想につきあってられないと弦音は家のなかに入っていった。


 背中に父が「弦音ーー。父さんのこと嫌いにならないでくれーー」とか情けない声が聞こえてくる。


 いつものパターンだ。


 これも父の愛情表現なのかもしらないが、親バカにもほどがあるだろう。


  いやこれは親バカというのだろうか。


  そんな生易しいレベルではない気がする。


  まあ、とにかくいい加減に子離れしてほしいものだ。



 これじゃあ、いまから家を出るなんて不可能だろう。


 家をでる?


 どこへいこうとしているのだろうか


 弦音はさっきの自分が思ったことに首を傾げた。

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