4・カマキリ男

 裏を抜けていくと河川が見えてくる。河川は表通りの繁華街と違い、人の気配がそとんどしない。帰路を急ぐサラリーマン風の人間が数人歩いている程度で閑散としている。


 河川敷を下り、川の水辺に男が二人佇んでいる。


 五十はなるだろう初老の男とまだ三十ほどの若い男が向かいあった状態でなにかを話していた。


 「なにを誤解なさっておられますか?」


 岩城が落ち着いた口調で尋ねる。


「誤解じゃねえ。お前だろう?お前が犯人だ」


「証拠はおありでしょぅか?私が犯人だという証拠が……」


「証拠?証拠ならあるさ」


 そういいながら、田畑は上着の裏ポケットから一枚の写真を取り出した。


「なんでしょうか?」


 写真はぼやけている。


 しかし、確かに岩城の姿が映っている。その傍らには少女の姿。


 それを見た瞬間、岩城の顔色が変わる。強引に写真を撮ると、それを凝視した。


「これは三か月前に殺された香川麻衣の写真だ。一緒にいるのはお前。その後、彼女は殺されている」


「なにをおっしゃるかと思えば……。こんなもの証拠になりませんよ」


 岩城はあざ笑う。


「それだけじゃねえ。それ以外の被害者とお前との接点も見つけた」


「それはどういうことですか?また写真でも持っているのだというのですか?」


「ああ、そうだ。いまはもってないが証拠はある。もう観念して捕まれ」


 しばしの沈黙が走る。


 すると突然、男が持っていた写真を破り捨てて川へと落とす。


 写真は川に流されて海へと送られていく。


「そんなはったりは聞かない」


「なに?」


「証拠などあるはずがないじゃないか。人間じゃあるまいし……」


「?」


 岩城は田畑を振り返る。その口元には笑みを浮かべている。


 まったく余裕だ。


 一瞬、顔色を変えたように見えたのだが、いまは冷静さを取り戻している。


 はったり?


 確かにそうだ。


 100%真相を暴いているわけではない。


 それでも、田畑には確信があった。彼だ。彼が少女たちを殺し、目をえぐった犯人だ。その目はどこにあるのかもわかっている。


「いいや、お前だ。そして、お前は奪った目を自分の作品の一部とした」


「一部? またまたそんな妄想を……」


「妄想じゃねえ。確信している」


「はははは。面白いことをいう。そうだよ。私がやったのだよ。その目を奪うためにね」


「?」


「でもね。あなたには捕まらないさ」


「なに?」


「ただの人間ごときが私に敵うはずがないということだよ」


 その直後、突然彼の身体が無数の棘が飛び出してきた。


 田畑に逃げる暇も与えず、彼の皮膚を切り裂いていく。


 血がにじむ。


 激しい痛みが走る。


「ああああああああ」


 田畑はそのまま座り込んでしまった。


 なにが起こったのかわからない。


 なぜ血が流れてくるさえも理解できずに、田畑の眼が見開く。


「いい顔しているね。恐怖に満ちた目。最高だよ」


 岩城の背後に月が照らす。彼の表情ははっきりと見えないが、唾液をわ舐める音のみが響く。


「ああ、でも、あなたの眼は好みじゃないだろうな」


 だれのことだろう。


 岩城自身ではなく、別のだれかのことをいっているのだどすぐにわかった。


 どこか冷静な自分と得体のしれないものが目の前にあることへの畏怖が入り混じる。


 田畑は呆然として動くことさえもできず、どこか愉快に笑う男を見上げた。


「でも、彼の眼は彼女の好みだろうね。もっと、彼の眼を美しくして彼女の献上するのもいいなあ」


 彼?


 いったい誰のことだろうか。


 それに関してはまったく見当がつかなかった。


「そのためにあなたを殺そう。殺して、彼の前に差し出すってのはどうだろうか。そうしたら、もっと美しくなる。あの神秘の眼が……」


 岩城が近づいてくる。


 恐怖が迫ってくる。田畑の額から冷や汗が流れ落ち、全身が凍り付いていく。


 逃げないといけない。


 本能ではそう言っているというのに、体が言うことを聞かない。


 牙が見える。


 岩城の両腕がカマキリのような刃物に変わる。


 カマキリのような?


 いやカマキリだ。


 人だった姿が大きなカマキリに似た姿へと変貌を遂げている。


 カマキリの頭には一本の角。


『特殊怪奇捜査室?そんなものがなぜ必要なんですか?』


『必要なんだよ。君は知らないかもしれないが、得体のしれないモノが暗躍している。だから、私たちもそれに対抗するすべを講じなければならない。彼らだけでは無理だ。公的な組織が必要だ』


 総監の顔が思い出す。


 それを聞いたとき、なにをいっているのかわからなかった。


 でも、いまならわかる。


 こういうことだったのか。


 こういうモノと芦屋は戦っていたのだというのか。


 こんなもの。 


 いくら警察でも相手できるものじゃない。


 パーン


 音がした。


 なにかがぶつかる音だ。 


 直後、カマキリがひっくり返って地面に倒れこむ。


「うひょおおお。ナイスサーブや。俺、なまってへん。気持ちイイイイ」


 背後からハイテンションな男の声が響き渡る。


「誰だ」

 

「おれ? おれは遅れて現れたピンチサーバーです」


 土手の上に男がいた。年若い男がひとり、ブイサインをしている。


 ピンチサーバー?


 そう聞こえたのと同時にボールが転がっていることに気づいた。


 バレーボールだ。


「ふざけるな。人間。お前も邪魔するならば、殺してやる」


 カマキリが羽を広げて飛び立ち、土手の上の男のほうに襲い掛かろうと鎌を構える。


「なに?あんさんが取れんのがわるいんやでえ」


 カマキリが男の頭上まで飛び立ち、鎌を振りかざす。


 プシュッ


 それよりも早く、カマキリの身体に何かが食い込む。


 カマキリの眼が大きく見開き。体内から緑色の液体が流れ、彼の身体に注がれる。


「おりゃぁああああ」


 彼は手に持っていた槍を振り回すと、その勢いでかカマキリの身体が宙を舞い、地面に激突する。


「うわあ。気持ちわりい。気持ちわりい」


 男がそう言っているうちに男に纏わりついた液体が地面に流れいき、煙のような消えていく。


「お前……。祓い屋か?」


 カマキリは男を睨みながら立ちあがる。


「あらら。立ち上がるんやなあ。そうや、祓い屋や。そういうことであんさんを祓うでえ」


 そういいながら、男は槍先をカマキリに向けながら、戦闘態勢をとった。



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