5・ヘドロヘド
矢が放たれる。
無数の得体のしれないモノに次々と矢が突き刺さる。
人の気配のない港。船が遠のいていく音のみが響いている。遠くには生活の音が聞こえてくるが、すぐそばで打ち付ける波の音以外は矢の飛ぶ音とズズズとなにかを引き摺るような無数の音。
そして、駆けまわる人間の足音。
「うわうわうわ」
朝矢の肩の上でわめき散らすひとつ目の猿。
「くそっ、次から次へと」
朝矢は舌打ちをしながら、次から次へと現れるドロドロとした一つ目の化け物と対峙していた。
化け物は朝矢の放つ矢に突き刺さると分解するように消え去るのだか、その直後に地面から湧き出るように姿を現し、朝矢に襲い掛かろうとする。それよりも早矢を放ちながら、避けていく。
朝矢の肩にしがみついていた猿が動くたびに放り投げられそうになった。
「なんだよ。なんでヘドロヘドがでるんだよ」
「ヘドロヘド? こいつらの名前か?」
「ああ。ドロドロしているからおいらたちモノノケの間ではそうよんでている」
「モノノケ? お前はモノノケじゃないだろう」
「モノノケだい。もとはモノノケの一つ目小僧だい」
「一つ目小僧って猿だったのか」
「はあ?」
「来るぞ」
「うわうわ」
ヘドロヘドが朝矢たちに向かって、ドロドロとした黒い液体を投げつける。寸前に交わすが朝矢の袖をかすめた。直後朝矢の肩にヒリヒリとしたものが走る。よく見ると。袖が焦げており煙が出ている。
「なんだよ。あのドロドロ高熱かよ」
朝矢は愚痴る。
「ああ、あのドロドロはすげえ熱いんだよ。触ったら火傷だぞ」
「そりゃあ、まずいな」
そういいながら、振り向き際に矢を放つ。
矢は何体ものヘドロドロの身体を貫いていく。
「おいおい。まずくないか」
気づけば朝矢たちはヘドロヘドの群れに取り囲まれていた。
「いつの間に……」
その数の多さは異常。
ざっと見る限り、五十匹いそうなぐらいだ。
「ひえええ」
猿は朝矢の後ろに隠れるようにしがみつく。朝矢は弓を構えたまま、徐々に近づいてくるヘドロヘドを睨みつけた。
「返せ。返せ。その鬼を返せ」
ヘドロヘドは合唱でもするかのように連呼する。
「こっちにこい。こっちにこい」
「いやなこっちゃ。べえ」
一つ目小僧があっかんべえをする。
「こいこいこいこい。こっちにこい」
「いくかあああああ。おいらは自由なんだい。わけのわからんやつらのとこなんていくかい」
「こいこいこいこい。こっちへこい。いいところ。いいところ。作ろう。作ろう。人間をすべて排除して作ろう。ヤマさまが待っている」
―─ヤマだと? どこのヤマだ?
そのとき、朝矢は内から声が聞こえたことにはっとした。
──ハハハハ。そりゃあ、面白い。 そっちのヤマか
「うるせえ。黙れ」
朝矢がつぶやく。一つ目小僧が怪訝な顔をする。自分に言っているとは思えない。けれど、ヘドロヘドに言っているようにも聞こえない。
自分に言い聞かせているようだ。
「お前、だれと話している?」
一つ目小僧がそう尋ねても答えない。ただ、ヘドロヘドに矢を放ち蹴散らしていく。
―─耶摩か? 山か?ああそうか。八……
「うるせえっていってんだよ。ボケが。黙れ。くそやろう」
朝矢の両手には刀が握られていた。
そしてヘドロヘドに向かって走り出し、切り裂いていく。接近戦に走ったためにヘドロヘドに触れることになり、朝矢の身体にはいくつもの火傷の跡がついてくる。
血が流れる。
服が破れ、皮膚が赤くなっていく。
「おいおい。どうしたんだい。こら」
朝矢は無我夢中でヘドロヘドを切り裂いていく。ヘドロヘドは蒸発していく。
それでも次から次へと湧き出ていく。
「あちちち」
―─ケケケケ。そんなにムキになったらお前やばいぞ。そのまま、死ぬかもねえ。あっ、そうなってもらったら困るか。大事な器なんだからさあ。
「ああああああ」
朝矢は怒声を上げる。
「なんだい。なんだい。こいつ……」
「うぜえんだよ。消えろ」
刀を振り回しつづけるこの人間の姿に一つ目小僧は寒気さえも覚えた。
こいつ、やばくないか?
人間だよな
人間なのに、なんかおいらに近い匂いがする
封印されている
おいらも封印を施されているけど、こいつの場合尋常じゃないな
一つ目小僧はそう感じた。
やばいやつに捕まったな
逃げるべきか。
でも、ここで離れたら、あのヘドロヘドに捕まるかもしれない。それもいやだ。
どっちが自由でいられるか。
一つ目小僧は考えた。
その時だった。突然、別の方向から歌が聞こえてきた。
延びのいい歌声だ。
その直後、ヘドロヘドの動きが凍り付いたようにピタリと止まる。
同時に朝矢の暴走がちな動きも止まり、朝矢の荒い息遣いだけが聞こえてくる。
ヘドロヘドが何事かといわんばかりに周囲を見回している。
「車よ。車」
どこからか女性の声が聞こえてきた。
朝矢の息遣いが徐々に落ち着いていく。刀し消え、再び弓が姿を現す。
同時に弓を構える。矢もまた忽然と出現し、その矢先が車のほうへと注がれる。
それに気づいたヘドロヘドが車と朝矢の間に立ち阻もうとした。
再び歌が響く。
ただ音階を歌っているだけだ。それだけでヘドロヘドは動きを止める。いや止めたのではない。必死に動こうとしているようだが、なにかに絡めとられて動けないでいるのだ。
その間に矢が放たれる。
矢が車を貫いた直後、車が溶けていく。
ゴゴゴゴゴゴゴ
同時にヘドロヘドが奇妙な咆哮を上げながら、蒸気を上げながら溶けるように消えていった。
すべてのヘドロヘドが消え去ると同時に朝矢の両腕がストンと落ち、持っていた弓が消え去る。
「朝矢あああああああ」
ホッとするのもつかの間、突ひとりの女性が朝矢に飛びついてきた。
その反動で朝矢は後方へ倒れこみ、一つ目小僧が地面に投げ出される。
「朝矢。朝矢。朝矢ああああ」
「いででで。離れろよ。ボケ」
彼女は朝矢の身体から離れる。そして、はっとする。
「きゃぁああ。朝矢がけがしてるううう。どうしよう。どうしよう」
「黙れ。とにかく、俺の上から降りろよ」
朝矢は彼女の身体を思いっきり突き放した。
朝矢はすぐに立ち上がるが、彼女は尻餅をついたまま朝矢をもの言いたげに見ていた。
「いつまで座っている。松枝」
彼女は手を伸ばしながら、微笑む。
「立てよ。お前、なにもケガしてないだろう」
「むー。冷たい……。そういうところもいいのね。てへ♥️」
そんなまったく動じていない彼女の態度に朝矢は顔を歪める。
「お前、よくわかったな」
彼女はスカートをはたきながら立ち上がる。
「朝矢のことならなんでもわかるわ」
「お前、仕事は?」
「大丈夫。一時間前に終わったわ。そしたら、ちょうど店長さんから電話があったのよ。朝矢を助けてあげてって……」
「それできたのか。でもまあ。助かった」
「そうでしょ。もっとほめて……。感謝に……」
彼女は目を閉じ、唇をつきだす。
「するか。ボケ」
その様子を一つ目小僧が逃げるのを忘れて茫然と見ていた。
そのとき、電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「はい。もしもし……」
朝矢がすぐにとる。
『もしもし、朝矢君』
「店長……。どうした?」
『大変なことになったよ』
「はっ?」
『洋子ちゃんと尚孝がさらわれた』
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