7・入り混じった闘い

1・呪いの鬼

 恨めしい


 恨めしい


 そのモノノケは女のうめき声を聞いた。


 年齢は若くはない。


 されど年老いてもいない女が髪を乱しながら呻いている。


 猿に似たモノノケは退屈ついでに女のほうへと近づいた。モノノケが根城にしている大都会のビルの一角。人のあふれかえる昼間と違って、真っ暗になったビルの中は静けさのみが漂っている。それゆえに女の声が異様に響いている。そのモノノケと同じようにビルを根城にしているほかのモノノケたちも女の声のほうへと視線を向けている。興味はあるが近づいたりしないのは、人間の厄介ごとに首を突っ込むつもりがないためだろう。その中で猿に似たそのモノノケだけが女のいる部屋へと近づいていく。


「そんなものほっとけばいいだろう? 人間なんかに興味持つな」


 そういうモノノケもいる。


「いいじゃないか。退屈なんだよ。退屈」


 そのモノノケがいう。


「物好きだ。でも。本当に近づいたやばいよ。お前、食われるかもよ」


「食われる?人間に?そんなことありはしない。なにせ、人間にはおいらの姿なんて見えはしないさ」


「みんなが見えないわけじゃないよ。人間の中にはわしらを認識できるものもいる。そんなものは大昔からあることじゃろう」


「ああ。陰陽師のことか? 天狐の力を得た一族。しってらあ。けど、そんな気配しねえ。だから、大丈夫だい」


 そういって、猿に似たモノノケが部屋へと向かう。


 うめいている。


 恨みの声が聞こえる。


 どす黒い雰囲気が漂ってくる。その黒さが猿に似たモノノケに刺激を与える。なぜか誘惑されていく。


 おいでと引き寄せられる感覚は、そのモノノケに後戻りすると選択を排除していく。


 そのモノノケは引き寄せられるように部屋へと入っていく。


「なぜ、お前は恨み言をいう」


 聞こえているはずはないのに、モノノケが尋ねる。


 女は恨めしいとだけ言い続け、テーブルの上で紙になにかを書き込んでいる。


 モノノケはなんだろうと覗いてみると。円が書かれており、その中にはいくつかの文字が刻まれている。真ん中に人の名らしきものが血の色で書かれていた。


「こりゃぁ。呪いか?」


 モノノケはすぐに理解した。それはだれかを呪うときのも用いられる陣。たしか、昔陰陽師に似たような一族が用いたいたように記憶している。


「恨めしい。恨めしい。呪ってやる。呪ってやる」


 女は窓の外を睨みつけた。窓の外にはビル。周囲とは変わった形をしたビルがそびえたつ。


 あのビルは知っている。


 確か、女の社長が経営するビルだ。名前はなんといったかわからない。


 モノノケは陣に書かれた名前を見る。


「“つきくさみねこ”?」


 そう名前をつぶやいた瞬間。


「捕まえた」


 女の声が漏れる。同時にモノノケの身体が動かなくなってしまった。そのまま、陣の中央へと引き寄せられる。


「うわっ」


 そのまま尻餅をついた。


「なんだい。一体」


 モノノケが顔を上げると女と目が合う。


「あなたが私の願いをかなえてくれるの?」


 見えている?


 おいらが見えているのか。


 そう尋ねようとしたがなぜか声が出ない。


「あの人がいったのよ。この陣を張れば、私の願いをかなえてくれる“鬼”が現れるって」


 鬼?


 おいらは鬼じゃない。


 そんな上級なものじゃない。


 叫んでみたが声が出ない。


「鬼よ。きっと、鬼になって、あの女を呪ってくれるのよ」


 女の眼がなぜかウットリしている。まるで麻薬にでも侵されたようだ。


 早く逃げないと……。


 このままだと自分が自分でなくなる。


 おいらはそんなものになるつもりはねえ。


 のんびりと過ごせればいい。


 失敗した。


 ただの興味本位で来るべきではなかった。


「お願い。あの女“MOONGRASS”の月草峰子を呪い殺して……」


 そうささやかれた瞬間、モノノケの意識が朦朧としてきた。同時に負の感情か自分の中で押し寄せてくるのを感じた。


 呪え


 呪え

 

 殺せ


 殺せ


 鬼と成れ


 鬼となれ


 鬼になる


 そんな想いが溢れてくる。


 鬼になりたい


 すべてを支配する


 食らう


 食らう


 人間どもの魂を食らう


 進化する


 支配する


 すべてを制する


 蘇る


 蘇えさせる


 すべてを駆逐する存在


 あの方を……

 

 意識が遠のき、別の意識が蘇ってくる。


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