3・犬がしゃべった

 駅を出ると、夕焼けの空がビルの間に差し込んでくる。


 まだ暑い日々が続いているのだが、ときおり吹き荒れる風は心地いい。


 もう九月。


 あっという間に秋が来る。


 その前に文化祭だ。その準備で忙しいというのにバイトする暇なんて、あるはずがない。


 わけのわからないバイト。


 もちろん、断るつもりだ。


 だから、とりあえずここに来た。


「いたいた。ようやく来たわね」


 声がした。女性の声だ。だれだろうと周囲を見回してみるが、それらしき女性の姿はなかった。


 気のせいだろうか。


 もしかしたら、自分に声をかけたわけではないのかもしれない。


「どこをみておる。こっちだ。こっち」


「え?」


 いや、違う。


 他人ではない。


 自分に話しかけているのだ。


「下だ。下」


 そういわけて視線を下へと向ける。


 すると、そこには一匹の犬がいた。


 犬がこちらを見ていたのだ。


 毛色は白。目の色は黒。


 どこにでもいそうな大型犬。


「なんだ。犬か」


「なんだとはなんだ」


 弦音は犬のほうから発せられた言葉に一瞬目が点になった。


「え?」

 

犬?


そんなはずはないと弦音は周囲をキョロキョロする。

 

「どこを見ている?ここだといっているだろう」


 やはり、足元にいる犬のほうから聞こえてくる。


「え?」


 弦音は犬を指さす。

 犬がうなづいた。


「えええええ!!?」


 声を張り上げてしまい、周囲の視線が注がれる。


 弦音は思わず口をふさいだ。


「いい反応をする。さすがにあやつのように腰はぬかさぬな」


 あやつとは誰の事なのか見当もつかない。


「説明は店でする。ついてこい」


「あっ、待てよ」


 弦音は歩きただした犬を追いかけた。


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