4・なにを望むべきか
洋子はどうするべきか迷っていた。
死人に逢いたい。
そう言いだしたのは、骨董店の店員らしい女性だった。
メガネをかけたボブカットヘアの女性。
眼はきりっとしていて、いかにも真面目そうな雰囲気を持っている。現実的でありながらも、死人に逢うという非現実的なことを口にするということが不思議でならなかった。
茫然としていると、彼女が簡単に説明してくれた。
表向きはただの骨董店。
けれど、別の仕事としては祓い屋と呼ばれる普通では考えられない霊や妖怪といった類を専門に扱う店らしい。
にわかには信じられない事柄だった。
けれど、彼女は突然現れた洋子がなにを求めているかをすぐに見抜いた。ただの偶然なのかもしれないし、どこからか情報が入っているということもなくはない。
もしかしたら、洋子の友人が前もって話をした可能性もある。いやありえないと洋子は思った。なぜなら、友だちも噂程度しか知らなかった。それに、まさか洋子が本当に噂の骨董店に訪れるなんて思っても見なかっただろう。
ならばなぜ?
「特殊なのよ、この店はね。いろんな情報が特殊に入ってくるの」
そんな洋子の疑問を察した店員さんはそう答えた。
それから、彼女は洋子の話を聞いてくれた。洋子の姉のことや、自分がいま抱いている想いをすべて話して聞かせた。
不思議な感覚だ。初対面の人なのに、なぜか言葉が次から次へと出てくるのだ。
それと同時に洋子の気持ちが自然と楽になっていくのを感じた。
「そうですか。ならば、改めて聞きます。あなたは亡くなったお姉さんに逢いたいですか」
ひとしきり聞いた彼女は、まっすぐな目で洋子を見つめる。
彼女はなにものだろうか?
カウンセラーなのかもしれないと思った。
でも、それとも違う。なんだろうか。まるで洋子になにかがとりついて、しゃべらされている感覚。
しかし、それは彼女の最後の問いかけと共に消えていき、たちまち言葉を詰まらせてしまった。
なにを望む?
本当になにがしたいのか。
会いたい
その気持ちはある。
けれど、本気で思っているのかと聞かれると迷う。
なにせもう死んでいる。
もうこの世にいないのだ。
会ってどうする。
会ってもすぐに別れがくるのではないか。
「会ってどうしますか? 生き返らせたいとお望みならば、お断りします」
彼女はきっぱりと言った。
「そんなこと……」
望まなかったわけではない。
その思いは洋子だけではなく、両親や姉と親しかった人たちも望むことだ。
もしも、願いが叶うならば蘇ってほしい。
「私は……ただ……」
「会わせることができないわけではありません。ただ、それには対価がいります」
「対価?」
「死人の魂とつながってるものと依り代が必要です」
「依り代?」
「それとリスクがある」
「リスク?」
「あなたが死界に引きずられるリスクよ。それでも会いたい?」
死界
なんとなくわかる。
あの世のことだ。
もしかしたら、自分の命も危うくなるかもしれないと言っている。
「あの世にいけたらいいわ。下手をしたら、魂がさまようことになる。もしくは人でなくなる」
最後の言葉に重みがこもっていた。
そんな人がいるというのだろうか。
死人に逢って人でなくなっただれかが……。
洋子は愕然とした。
「その覚悟があるならば、また来てください」
「……はい……」
洋子はそれからしばらくして店を出た。
とんでもないことを聞いた。
嘘か本当か
いまだにわからない。
店員さんは戯言に付き合ってくれただけかもしれない。
そんなことを考えていると、
「あれ?香川?」
だれかが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「杉原先輩……」
中学時代の部活の先輩だ。
先輩のそばに犬が一匹寄り添っている。
「杉原先輩こそどうしたんですか?」
「ちょっと……」
彼は困惑したように空を仰ぐ。
隣にいる犬がそんな彼を見ていた。
「かわいいですね。その犬」
洋子がいうと犬が振り返り、彼女のほうへと近づく。洋子は思わず、撫でてやると犬がうれしそうな顔をした。
「なんて名前ですか?」
「えっと……」
杉原先輩は犬をみた。
「先輩の飼い犬じゃないんですか?」
「えっと、実はそうなんだ。俺のじゃなくて、ちょっとした知り合いで……」
先輩は口籠る。
「そうだ。ちょっと預かっていて、いまから返しにいくんだよ」
「そうなんですか」
先輩はほっとしたような表情を浮かべる。
「じゃぁ」
「はい」
洋子は先輩の横を通り過ぎようとしたところでふいに足を止めた。
「先輩」
先輩が振り返る。
「友達に聞いたんですけど、いま弓道しているんですよね」
「ああ、そうだけど、でもまったくうまくならないんだよね」
「そうなんですか。先輩は弓道よりも……」
先輩の表情が硬くなる。
それをみた洋子は思わず口をふさいだ。
「あっ、すみません。もうやめちゃったんですよね。それでは……」
洋子は背中をむけると急いで駅のほうへとむかった。
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