5・死人に会うもいうこと

 客が帰っていくのを見送っていると、店の奥に引っ込んでいた朝矢たちが顔を出した。


「おいおい。そんな言い方していいのか?」


 朝矢が桜花のほうを見る。桜花は客が出ていった店の入り口を見つめたまま、


「いいのよ。ちゃんと理解してもらわないと」

 と答えた。


「そりゃあ、そうやろうけとさあ」


 成都が腕を頭の上で組みながら、桜花と同じように彼女が出ていった入り口を出る。


「どうせ、断るつもりだったら、わざわざしゃべらせる必要もなかっただろうが。あの女、そうとうショック受けていたぜ」


「おっ、もっともなこと、トモが言いはったでえ」


成都があどけたようにいうと、朝矢がギッと睨み付けた。


成都は歯を出してニタっと笑う。


「うるさいわねえ。あの子があまりにも思い詰めた顔をしていたから、吐かせてあげただけよ。ショックは受けていたけど、すっきりはしているはずよ」



確かにそうかもしれない。


最初入ってきた彼女=香川洋子はただひたすら戸惑っていた。なにかを話したくてたまらないのにうまく言葉がでないという感じで、何度も桜花を見ていたかと思うと目をそらすといったことを繰り返していた。


やがて、しびれを切らしたのか。桜花は一枚の札をレジの引き出しから取り出すなり、彼女の足元に落とした。すると、彼女はポツポツと話始めたのだ。


その札には、人が言いたいことを話させる効果がある。だから、彼女は話し始めたのだ。


 その内容は彼女が最近ニュースで報じられている殺人事件の被害者の身内だということをしめしており、同時に失った人と再び会いたいという思いを聞かされることになった。


彼女の話だと突然奪われたのだという。


 当たり前にいたはずのおのが姉が突然目の前から消えた。


 病気ならわかる。


 けれど、姉の死は病気ではない。


 姉は、繁華街の路地裏で見るに堪えない姿で発見されている。


 ほんの少し前まで元気だった姉の哀れな姿。


 なぜそうなってしまったのか定かではない。


 警察も捜査しているようだが、真相は依然と知れず。


 家族にとっては、眠れない日々を過ごしているのかもしれない。


 死人に逢わせてくれるところがある。


 だれに聞いたのだろう。


 だれかがいった言葉に洋子はすがろうとした。


 そんなおとぎ話のような噂でも居ても立っても居られない。



「死人に逢いたい……か……」


 朝矢はつぶやいた。


 その気持ち、わからなくもない。


 もしも会えるならば会いたい。


 その気持ちは痛いほどわかる。


 朝矢の脳裏には一人の女性の笑顔がよぎった。


 長い髪と白い肌。優しい眼差し。


 彼女はよく笑っていた。


 けれど、彼女はどこにもいない。


 この世のどこにも存在しないのだ。

 

 助けてほしい


 どうか助けてほしい


 どうして死なないといけないんだ


 彼女を抱きしめながら叫んだ。


 もう生気の失った冷たい躰。


 笑顔も消え、口元から流れる血。


 彼の身体はその赤に染まっていく。

 

 失いたくなかった。


 ずっと一緒だと思っていた。


「トモ。どないしたんや? ぼーっとして……」


 成都の声で、朝矢はハッと我に返る。


「いや、なにも……」


 成都が怪訝に首を傾げ、桜花がなにかを察したのか、視線だけを朝矢に向ける。


「けんど、さくら~。死人に逢うというのはどないなことやねん?」


「……。魂との対話ってことかしら」


 彼女が答えた。


 成都はこの『かぐら骨董店の祓い屋』のひとりであり、桜花の恋人でもある。


 九州の田舎にいた子供のころからの知り合いで、数年ほど離れていた時期もあったのだが、上京と同時に再会を果たした。


 それからすぐに大学に通いながら、この『かぐら骨董店』で働き始めている。


 表向き『かぐら骨董店』という店。


 もう一つの仕事として常識では考えられないような化け物や霊といった類に関わる事件を解決する『祓い屋』をしている。


 設立はまだ浅い。


 三年といったところだろう。


 最初は店長のみで営業していた、ようだが、この三年でそれなりの従業員を集めている。


 だが、その姿はあまりみたことがない。


 常に店にいるのは桜花のみ。朝矢と成都は、よく通っているがそれ以外の姿はほとんど見られなかった。


 それは、彼らが表向きの仕事をこなしているからだ。


 朝矢と成都も学生で、別のバイトもしている。


 桜花はほとんど店番をしていることが多いが、別の仕事も受け持っている。


 それゆえに妖怪といった類いに関する知識が乏しいものが多い。彼らの知識もまたまだら知識。中途半端に知っているにすぎない。


 


「魂のありかを突き止めて、依り代にその魂を乗り移らせる。それにより、只人との会話も可能になるの」


「へえ」


「けど、それには術者が相当な力を持っていなければいけないし、対話した生きた人間が死人の魂に引きずられて、死ぬことだってありえるのよ」


「依り代ってのは……」


「なんでもいいのよ。人形でもぬいぐるみでも、もちろん生きた人間でも……」


「生きた? あの渋谷の事件の……」


 朝矢の脳裏によぎったのは、化け物花へと変えられた江川樹里という少女と、彼女に乗り移った魂だけとなった少女。


 だれかがただの女子高生に過ぎなかった江川樹里の身体に麗という名の魂を乗り移させた。


「生きた人間に乗り移された場合は、とにかく大量の霊力を使う。それに暴走してしまう可能性もあるわ」


「確かに……」


 渋谷の化け物花。


 あれがそうだ。


 無理やり魂が生きた人間の肉体に入り、生きた人間の魂と死人の魂の反発。


 それと、死人の魂の激しすぎる想いが暴走して、保てなくなった肉体が死人の魂が作り上げた『得体のしれないなにか』に取り込まれてあのような姿に変化した。


「とにかく、生きた人間への魂の定着するだけでも一人の術者がしたとは思えないわね」


「それって、何人かの術者がかかわっていたってことか?」


「どうかしら……。あるいわ……」


 桜花は朝矢を見る。


「どこへいっていたんだ。野風」


 朝矢の視線は扉のほうへと注がれる。

 桜花たちが振り返ると、チリんという鈴の音とともに扉が開いた。 


「マジで、来たのかよ」


 朝矢は不機嫌そうに来訪者を見た。

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