3・欲望

 朝矢が扉を開くとそこには一人の女性が佇んでいた。年は尚孝たちと同じ年頃のロングヘアーの女性だ。


 彼女の腕の中には一体の人形。白い肌と茶色の長い髪。ブルーの瞳。


「リカちゃん人形?」


 弦音は思わずつぶやいた。


 彼女の腕の中に納まっているのは、女の子ならだれもが遊んだことのあるリカちゃん人形。妹の弓奈も持っていたから知っているのだが、弓香の持っているそれよりもかなり大きい。


 人間の幼稚園児ほどのサイズはありそうだ。


 彼女は、朝矢たちに微笑むと、リカちゃん人形の髪を撫で始めた。


「きれいでしょ。この髪もこの肌も……。そして、この目。この目はねえ。私の眼と同じよ」


 どういうことなのだろうかと朝矢たちは眉を顰める。


「だって、この目もこの目もお父さんとお母さんの眼なのよ」


 その言葉で朝矢は、はっとする。


「まさか、お前の親の……」


 弦音はどういうことなのかわからずに、朝矢と女を交互に見る。


「そうよ。素敵でしょ。右目がお父さん。左目がお母さんよ」


「え?」


「殺したのだろう。自分の両親を……」


 弦音の疑問に答えるかのように山男が言った。


「ええええ」


 弦音が愕然とする中、朝矢は身構えたまま睥睨する。


「でもね。満足しないのよ。もっと、ほしいわ。もっと、ほしくてたまらない。だから、あの子の眼とあの男の眼を奪おうとしたけれど、失敗しちゃったわ」


 そういった直後、女の姿が消、一瞬のうちに朝矢のすぐ目の前に迫っていた。


 朝矢はぎょっとする。 


 女は朝矢の眼をじっと見る。


「あなたの眼もいい……」


 朝矢の顔をみた女は一瞬目を見開き、すっと細める。


 そのすきに朝矢は女を手で払おうとしたが、それよりも先に女は後方へと飛ぶ。


「あなた……。あの時の……。まあ、いいわ。どうでもいいわ。見事に邪魔してくれたお礼をしないとね。さてどう料理しようかしら」


 その直後、突然床から無数の緑色をした触手が現れ、朝矢たちに絡みつこうとした。


 朝矢はギリギリのところでジャンプして避ける。


「うわうわ」


 慌てふためく弦音は山男に襟足を口でつかまれて、強引に後方へ倒されることで避けた。


「ワーイ。ワーイ」


 ナツキはまるで縄跳びでもするかのように触手の上をぴょんぴょんと飛ぶ。


触手はそのまま女=月草峰子の元へと向かうと、たちまち彼女の身体に巻き付いた。


「おいで。一緒になりましょう」


 峰子は嬉しそうに微笑む。


 触手をよくみると、そこには無数の眼だ。


 何十もの眼が蔦から生えたかのように存在している。その目の視線は峰子に注がれている。


「さあ、仲間を増やしましょう」


 目の触手たちが峰子の姿を覆い隠した。


「あれは、月草峰子が奪った目たちだろう」


 山男がいう。


「え? でも、ニュースでは……」


 弦音が尋ねた。


「確かにニュースでは最近のことになっている。警察も最近の事件しか把握していないようだが……」


「そうじゃなかった。あの女は、俺たちの知らないところで多くの人間の眼を奪っていたということらしい」


「知らないって……」


 意味が分からない。


 あの目の量は多すぎる。


 弦音が把握している目が奪われた事件といえば、後輩の香川洋子の姉の事件以来の三件ほどだ。しかし、その目の数だと、余裕で百人は超えている。


「殺したとはかぎらねえ」


 弦音の疑問を読み取ったらしく、朝矢が答えた。


「なんらかの事情で死んだ人の遺体から奪ったのだろう。例えば、災害の最中だとかな」


 災害?


 その言葉にピンとこないわけがない。日本には手台風や地震といった災害が多く存在しており、多くの人の命が奪われてきた。特に大災害となれば、行方不明者の見つからないケースも多く存在している。もしかしたら、彼女は行方不明になった遺体から目を奪ったというのか。それを隠蔽するために絶対に見つからないように工作したとすれば、許しがたいことだ。


「ふざけんなよ。死んだからって勝手に身体うばっちゃいけないんだぞ」


 弦音は思わず喚き散らした。


 その直後も緑の触手で覆われた峰子の身体からなにかが飛び出してきて、弦音へと襲い掛かる。


「うわっ」


 一瞬のことだった。


 弦音はそのまま壁に激突する。


「いてっ」


 弦音が見ると、そこにはリカちゃん人形があった。リカちゃん人形が自分の体をしっかりと握り締めていたのだ。


「杉原!」


 朝矢が声をあげると同時に、弓を出すと、弦音を捕らえているリカちゃん人形に向かって矢を放とうとする。


「お前の相手はこっちだよ」


 直後、再び触手が朝矢を襲おうと向かってくる。朝矢は即座に振り返ると、弓を刀に変えて切り裂いていく。そのまま、峰子だった物体のほうへと向かい、二本の刀で切り裂く。しかし、まったく手ごたえがない。朝矢は後方へと下がる。


「お前、あの時の子どもだね」


 緑の物体から無数の眼が見開き、朝矢をみる。


 その姿はいわゆる“百目”と呼ばれる妖怪そのものだった。


 朝矢は顔をしかめる。


「ふふふふ。大きくなって……」


 峰子の声が愉快に笑っている。


「やっていいだろう?」


 月草峰子だった物体=百目がだれかに話しかける。


「いいよ」 


 別の方向から声が聞こえて、朝矢たちがはっとする。


 窓の向こう側。


 そこには二人のフードで顔を隠した人物が二人いた。しかも、浮いているではないか。


「あいつらは!?」


 山男が声を荒げた。


 朝矢は大きく目を見開いたかと思うと、眉間に皺を寄せて窓の外の人物を睨みつけた。


「相変わらずだね。朝矢くん」


「いい目している」


「でも、あの時の眼が最高だったよ」


「もう一回見せてよ。君の絶望した目を」


 触手が朝矢の身体に絡みついた。


「しまった!」


 油断した。


 あの二人に気を取られているうちに朝矢は触手を避けることができなかった。

 触手は朝矢の身体全身を縛り上げている。


「くくくく。どう料理しようかしら」


  百目が愉快そうに笑った。


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