2・見開かれた目
峰子が視力を取り戻したのは、それから随分後のことだった。
だれかが約束してくれた。それだけを信じて生きていた峰子にとって、突然視界が開けたことに興奮した。
本当に突然だった。何の前触れもなく、交通事故で視力を失った日からちょうど十年ほど過ぎたころ、なにかが自分の中に入ってくる感覚に襲われると同時に真っ白だった世界が様々な色に染められていく。
やがて、ここがいままで住んでいた自室のいろがはっきりと見えてくる。それは生まれてからぼんやりとしか見ることのできなかった景色が明白に峰子の中へと入り込んできたのだ。峰子は歓喜に震え上がった。
「お母さん。お父さん。私、目が見えるようになったのよ」
峰子はそのことをだれよりも喜んでくれるに違いないと思い、両親に報告するべくして急いで自室から飛び出した。そのまま、一階へと駆け下りながら、両親を呼ぶ。
けれど、返事は返ってこない。
テレビの音も聞こえるのだから、父がテレビに夢中になっているのだろうか。
台所から香ばしい匂いと水道の水が流れる音が聞こえることから、母が台所にいるのは間違いない。
「お母さん。私ねえ」
台所を覗きこむが母は料理をしていない。
テーブルに腰かけて、俯いている。
「あれ? お母さん。寝ているの? だめだよ。水道流しっぱなし。コンロもつけっぱなしだよ」
峰子はコンロの火と水道の蛇口を止める。
「さきにお父さんに見せよう」
峰子は父のいるらしい居間へいく。
「お父さん。私ね。あれ? お父さんも寝ているの?」
父はテレビをつけたまま、床に仰向けになって寝ていた。
「テレビつけっぱなしだよ」
峰子はテレビを消すためにリモコンを握る。すると、ヌルっと生暖かいものが手につく。
なにかしらと峰子は自分の手を見る。
赤い液体。
「ケチャップかなあ?」
でも、峰子はずっと二階にいた。ケチャップが付くはずがない。
「絵具かなあ」
けれど、峰子には絵を描く趣味はない。
そして、ようやく思い出した。
「あっ、そうか。」
そういいながら、横たわる父のほうを見る。
「これはお父さんの眼をくりぬくときについた血だったわね」
そこには、胸から大量を血を流し、片方の目をくりぬかれた状態で絶命している父の姿だった。
峰子は、居間にあった鏡で自分の姿を見る。
「いいわね。右はお父さん。左はお母さん。いいわねえ」
峰子は愉快そうに笑っていると、背後に二人のフードをつけたと少年たちがいることに気づいた。
「君の眼を取り戻したよ。満足かい?」
「満足よ。それで、次はなにをすればいいの?」
「とりあえず、君は僕らの組織に入りな」
「組織?」
「そうだよ。ぼくらの仲間になりなよ。まあ、もっとも君には拒否権はないけどね。もう契約したから」
「契約?」
「そう契約。君は代価を払って契約したんだよ。だから、入るしかないよ」
「いいわ。それはどんなところ?」
「僕らの主が目的を果たすための組織だよ」
「目的?」
「それはおいおい。とりあえず、入ってくれるかい。でも、普通に生活していていいよ。七年後に僕たちが声をかけたら、おいで」
「七年後?」
「うん。今回は失敗したけど。七年後は成功させるために必要なんだよ」
そう言われても、さっぱりわからなかった。
けれど、峰子は承諾した。
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