11・決戦
1・瞳の色
彼女はお人形遊びが好きだった。
幼いころに買ってもらったリカちゃん人形。
毎日のように遊んだ。
おままごとをしたり、話しかけたりした。
時々、お母さんにおねだりして、リカちゃんの為の洋服をいくつも買ってもらって、毎日のようにお着換えをさせた。髪型も毎日違うものにアレンジしたりすることがなによりも楽しかった。
けれど、不意に思ったことがある。
どうしてなのかな?
どうして目の色は変えられないのだろうか。
なぜ、そんな風に思うようになったのかというと近所に暮らすお姉さんの存在があった。
「お母さん。いつものお姉ちゃん。なんか目の色違うよ」
よくもかける近所のお姉さんはいつも派手な服装で、金髪をしていた。けれど、目の色は変わらなかったはずなのに、その日のお姉さんの眼の色は、いつもの茶色がかった黒目ではなく、コバルトブルーの瞳をしていたことが峰子には衝撃的なことだった。
「本当ね。きっと、カラーコンタクトよ」
「カラーコンタクト?」
「最近、女子高生の間ではやっているらしいのよ。でも。カラーコンタクトは眼に良くないというわ」
お母さんは近頃の若い者はと愚痴をこぼす。
「峰子はカラーコンタクトなんてしたらダメよ」
そういいながら、まだ小さな娘を見下ろす。
「どうして? きれいよ。りかちゃんみたい」
峰子は手に持っていたリカちゃん人形の瞳を見た。
「峰子もこんな目がいいなあ」
「やめてちょうだい。峰子はただでさえ、目の視力が悪いのよ。それ以上落ちたらどうするのよ」
「お母さん。ひどい。峰子は好きで目が悪くなったわけじゃないよ。うええええん」
峰子が人目も憚らず泣き始めた。
お母さんは周囲を気にしながら、泣き出す峰子をなだめようとする。
それでも収まらない。
峰子の両手が自分の目元に触れると、かけていたメガネが取れて地面に落ちて割れた。
「峰子。もう泣かないでよ。ねえ」
お母さんは割れた眼鏡を取りながら、峰子を落ち着かせようとする。
「お母さんの馬鹿」
峰子が走り出した。
「峰子。待ちなさい。峰子」
お母さんが娘を捕まえようと駆け出す。
「峰子。ダメよ。峰子」
眼鏡がないうえに涙でいっぱいだった峰子の視界は完全に遮られていた。
だから、峰子は気づかなかった。
「峰子」
お母さんの悲痛の叫びが聞こえる。
同時に自分がふわりと浮かびあがるのを感じた。
なにが起こったのかはわからない。
ただ痛い。
痛くて
痛くてたまらない。
「峰子。峰子」
お母さんの声が聞こえる。
「良かった。目が覚めたのね」
母の声が聞こえるというのに、なにも見えない。
「峰子?わかる?お母さんよ。お父さんのいるわ」
わかる。
でも見えない。
なにも見えない。
声が聞こえるのになにも見えない。
峰子は悟った。
目が見えなくなってしまったらしい。
生まれつき視力があまりなくて、眼鏡をかけないとぼんやりとしか見えなかった目が完全に見えなくなってしまったのだ。
「お嬢さんは事故の後遺症で視力を失いました」
「先生。どうにかなりませんか?娘を助けてください」
両親の悲痛の声が聞こえてくる。
峰子はなんとなく理解していた。
もう見えないんだ。
私は眼を失くしてしまった。
右目の左目も失くしてしまった。
「残念ですが、娘さんの視力は戻ることはありません」
「そんな」
両親の絶望の声が聞こえてくる。
失くした。
もう手に入らない。
そのとき、峰子はリカちゃん人形のブルーの瞳と近所のお姉さんのコバルトブルーの眼を思い出す。
ほしい。
ほしい。
あの目がほしい。
きれいな目がほしい。
手に入れたい。
いつか手に入れたい。
峰子はそう思った。
「たくさん、手に入れられるよ」
そんなときに、だれかが峰子に話しかけてきた。
峰子の眼は真っ暗だから、だれの声なのかはわからない。けれど、峰子よりも少し年上ぐらいの声だということだけはわかった。
「でもね。もう少し我慢してくれないかな?準備しないといけない」
「準備?」
「うん。準備。きっと、君の眼を取り返してあげる」
「ほんとう?」
「ほんとうだとも」
口調からお兄さんだろう。
でも大人ではない。
子供の声だ。
「そのかわり、ぼくのお願い聞いてくれるかな?」
「お願い?」
「うん。お願い」
「どんな?」
「君の眼を取り戻してから話すよ」
「わかった。だから、私の眼。きれいな目をちょうだい」
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