3・懐かしい声

 エレベータの電気は消えてしまっている。いくらボタンを押しても反応を示さなかった。


 明かりはまったく点いていない。


 窓がある様子もなく、非常灯の光のみがかすかな希望を与えているにすぎなかった。


 希望。


 あの先には、外に突き出している非常階段があるはずだ。


 エレベーターから右に30メートル。


 さほど遠い距離ではない。


 とにかく、下まで降りなければならない。

 いや外にさえ出ればなんとかなるのではないか。


 尚孝の淡い期待にすぎなかった。


「行くぞ」


 それでもかすかな光へと向かって走る。


「はい」


 彼女は尚孝に手を握られたまま、走り出そうとした。

 

 たすけて……


 ふいに足が止まる。


 それに気づいた尚孝が振り返ると、洋子の視線は別の方向へと注がれる。彼女の視線の向こうは闇。


 どこまで続くかわからない廊下の先。


「どうした?」


 助けて


 まただ。


 声が聞こえる。


「声が?」

 

 尚孝も耳をすましてみるが全く聞こえなかった。


 助けて


「なにも聞こえないぞ」


「聞こえるんです。あの声は……」


 聞き覚えのある声。


 懐かしい人の声。


 生まれたときからずっと一緒だった人の声を聞き間違えるはずがない。


「お姉ちゃん?」


 助けて


 洋子


「お姉ちゃん」


 気づいたときには、尚孝の手を振りほどいて、声のするほうへと駆け出していた。


「おい待て。罠だ」


 たちまち闇の中へと消えていく少女を尚孝は舌打ちすると追いかけていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る