9・人形たちの嘆き
1・空飛ぶ狼
弦音はもう死ぬかと思った。異様な吐き気とめまいに翻弄されて、いま自分がなにをしているのかさえもわからない。
「ああ、つんつん。ダメじゃん」
弦音が地面に膝をついて、嘔吐している姿を滑稽だといわんばかりにナツキが笑う。
「こら、ナツキ、そんなにいじめちゃだめよ」
桜花があきれたように叱るがナツキは舌を出しただけだった。
「情けねえな。それぐらいで酔うな。ぼけ」
「そうそう、こんなに楽しいなんて酔うなんてもったいないやん」
「酔うでしょ。っていうか普通乗らないですよ。狼の背中なんかに」
喚いたら余計に具合が悪くなる。
弦音のいうように彼らは狼の背中に乗って、新宿のビルの前にいる。
時間的に電車もない。
車でいくのも手段の一つなのだが、それでは間に合わないだろうという判断により狼……いや、狼よりも数倍もある大きさへと変化した二匹の霊獣の背中に乗ることになった。
もちろん弦音には容易には理解できない出来事だ。かといって、だれかが説明とてくれるわけでもない。きょとんとした顔で周囲を見回しているといつの間にか大きくなった二匹の狼の姿がそこにあったのだ。
「さあ、乗って、ひとっ飛びだよ」
店長がニコニコと笑いながらいっているうちに朝矢たちが乗り込んでいた。
「ツンツンもだよ~ん」
「えっ? ええええええ!?」
ナツキが背中を押した瞬間、突然身体が浮かび上がった。
直後、自分の体にブーストでもつけられたように狼の背中へと飛び上がり着地する。
一瞬めまいを覚えていると目の前には、朝矢の背中があった。
「よいしょ」
弦音の後ろには、先ほど自分を投げ飛ばした(?)ナツキが乗り込んでいる。
「私もあっちに乗りたーい」
「はいはい。めぐは私と一緒よ」
愛美は口をとがらせながらも渋々ともう一体の狼のほうへと乗り込んだ。その狼の先頭にはさっきまで意気消沈していたはずの成都がウキウキ気分で乗り込んでいる。
「ああ、やっぱり、あっちがいいわ」
「うるさい。いくわよ」
直後、狼がハイスピードで店の壁へと突進していく。もしかして突き破るのかと思いきや、壁を通り抜けていく。直後、弦音の視界が真っ白になり、MAXスピードのジェットコースターに乗っているような激しい揺れだけが伝わってくる。
「うわああああああ」
弦音は思いっきり悲鳴を上げた。
「きゃきゃきゃ。わーい。わーい」
その後ろでナツキが楽しんでいる。
「うるせえ。黙れ」
朝矢が苛立たしげに対照的に騒いでいる二人を怒鳴りつける。しかし、その言葉さえも恐怖のあまり聞くことができずに弦音はわめき、ナツキが愉快そうに笑っていた。
走行している間に視界がまた開けていき、気づけばあのビルの前。
それはわかったのだが、気持ち悪さでクラクラする。
「ねえ。有川。この子大丈夫?」
桜花が尋ねた。
「知るか。店長が連れていけっていったから連れてきただけだ」
「あんたって、変なところで律儀よね」
「うるせえ」
朝矢はそっぽを向く。
しばらくすると、弦音のめまいが収まり、立ち上がることができた。
すると、みんなの視線が変な形のビルのほうへと注がれる。
「もう始まっているみたいだよ」
ナツキがいった。
はじまっている?
なにが?
弦音も周りに倣ってビルを見上げる。
すると、ビルの最上階あたりが黒い霧のようなものが立ち込めていることに気づいた。
「見えたか?」
成都がいう。
「え?」
弦音が尋ねた。
成都の視線はビルの最上階のほうへと注がれたままだ。
「あれは氣だ。アヤカシ状態以上になるとああやって氣が霧のように放つんや」
「氣?」
「まあ、妖気とか霊気とかそういった類だと思ってええ。だから、一般人にはみえん。能力ももつもんだけが見える霧や」
うーん
難しい
弦音には、どうも理解できない事柄だったのだが、あの霧が決していいものではないことだけはわかる。
「はじまっているよ。たぶん、ナオさんがピンチだよ。早くしないとナオさん。死んじゃう」
ナツキの声がいつになく切羽詰まっているように感じた。
「いくぞ」
朝矢の合図とともにビルのほうへと駆け出した。
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