6・どっちがいい?

「なによ。あいつら」


 椅子に腰かけて、パスコンのモニター越しに尚孝たちの様子を見ていた月草峰子が声を荒げた。


 モニターには自分が尚孝たちに向かって放ったカマキリが次々と倒れていく姿。それを次々と刀で切り裂いていく男の姿だった。


 黒い髪と白い肌。目を半分隠した前髪が揺れている。長身で年は二十代後半ごろ。


 無表情で化け物カマキリたちを切り裂き、緑の返り血が彼の顔を覆う。それすら気にすることなき斬殺する姿はまるで獰猛のようであった。


 モニター越しであるが、峰子は身震いする。


 苛立ちと同時に底知れない恐怖が過る。


「どこから入ってきたのよ」

 

 峰子は自分の爪を噛んだ。


「冗談じゃないわ。邪魔させない。やっと見つけた最高の素材よ。必ず手に入れるわ」


 峰子は椅子から立ち上がると試験管を手に取る。


「そうよ。あの二人の眼も奪えばいいわ。邪魔はされないし、一石二鳥よ」


 試験管を握り締めたまま、棚の上に置かれていたいくつもの目のない人形を見る。


「ふふふ、四体……。四体は完成するわね」


 試験管のふたを開けた。その瞬間、試験管の中の液体が泡を吹かせながら登っていく。


 峰子はそれを手放す。


 試験管が地面に転がる。


 液体の中から目が意志をもったようにゴロゴロと転がっていき、眼孔が天井を見る。同時に別の試験管も破裂していく。


 液体が目の周囲に集まっていき、たちまち人の姿をとっていく。身長は大人の男性ぐらい。


 一つ目で大きな口。


 鼻と耳はなく、全身を緑で覆う。


「さあ。行きなさい。彼らを殺して、その目を奪ってきなさい。もう恐怖をあたえなくてもいいわ。一思いに殺しなさい」


「きいいいいい」


 緑色の人間が奇声をあげ、ぞろぞろと部屋から出ていった。


「ふふふふ。カマキリよりも数倍つよいのよ。勝てるかしら?」


 峰子が愉快そうに笑った。


「それ使っちゃうの?」


 しかし、峰子の表情が一瞬にして凍り付く。


 背後に気配がする。


 さっきまでいなかったはずなのに、その気配の背筋がこおりついた。


 息をのむ。


 けれど、振り向かない。


「まあ、いいけどさ。ねえ」


「ああ、いいよ。別に……」


「でも、あれじゃ殺せないよ」


「そう殺せない。その前に彼らがくるよ」


「そうだね。彼らがくる」


背後には子供の声が二つ。


 だれかはわかる。


 だから、振り向かない。


「でも……。彼らが間に合わなかったら、殺せるかもね」


「うん。そっちがいいかもね」


「あの二人を?」


 峰子はようやく口を開いた。


「違うよ」


「違う」


「あの二人じゃないよ」


「はあ?」



 峰子は怪訝な顔をしながら子供の声゛か聞こえる方向を振り返った。




 そこには黒いフードを纏った小柄な人間が二人。


 声は声変わりのしていない少年の声だが、その手は老人のようにしわくちゃだ。


「どうでもいいけどね。あの二人はどうでもいい」


「でも、彼はどうかな?」


「彼はどうかな? 」


「うーん。どうかなあ」


「彼は消えてもいいよ」


「うん。消えてもいい」


「消さなくてもいいけど」


「うん。消さなくてもいいけど」


 峰子にはこの二人がなにをいおうとしているのかはわからなかった。


「……、ただの人間だもん」


「……、ただの人間。けど、消えてもらったほうが気持ち的にいい」


「そう。気持ち的にいい」


 黒いローブの人間が峰子を見る。


「どっちかなあ?」


「どっちだろうね」


「なにをいっているの?」


「彼らが間に合うのか」


「彼が殺されるのか」


 なにをいっているのかさっぱりわからないが、その不気味な笑みは、なにがゲームを楽しんでいる子供のようにも思えた。


「「どっちがいいかなあ」」


 子供が残酷な響きを持たせながら、愉快に笑う。


 




 

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