3・女が欲するもの
「あの人を捕まえるなんて……」
その奇妙な形をしたビルは、まるで鳥かごのようだと少女は思う。
籠の中に閉じ込められた鳥たちが必死に翼を羽ばたかせて、飛び立とうとしているのに、張り廻られた檻に阻められて逃げることさえもできずに嘆きの声を上げている。
「鳥じゃないわね」
少女はビルの前にあるガードレールに座り、ペットボトルのジュースを飲む。
蓋を閉めながら、“鳥籠”のビルを見上げる。
そのビルの最上階あたりの一室に電気がついている。
「鳥じゃない。ただの人形だ」
彼女のすぐ隣に立ち、缶コーヒーを握り締めている。
「人形ねえ。でも、あれは入れ物。あれこそ、鳥籠よ。そこに捕らわれているものは哀れな鳥たち。望まないまま恐怖を植え付けられて飛べなくなった鳥たちよ」
「それを彼女は喜んでいる。鳥たちを恐怖で支配し、籠にとらえることをなによりも楽しんでいる」
「でも……。どうしようかしら。ユキ」
彼女はユキと呼ばれた男を見た。
「少し……」
「そうね。少し……」
彼女は立ち上がるとジュースを飲みほして、近くにあった空き缶入れに捨てる。
「さあ、行きましょうか」
少女はビルのほうへと進む。
ユキもまた、コーヒーを飲み干して捨てると彼女の後ろを歩き出した。
☆☆☆
「ここは私のコレクションの部屋なの」
尚孝は洋子を自分の後ろに隠すように動いた。
洋子は不安そうな顔で尚孝と長い髪の女の顔を交互に見る。
「あんたは?」
「ああ、これは失礼。私は、月草峰子。“MOONGROSS”の社長を務めているわ。刑事さん」
尚孝は眉をしかめた。
女は口元に笑みを浮かべながら、尚孝たちのほうへと近づいてくる。尚孝はそのまま動かずに。、彼女をじっと見つめる。
「ふふふふ。本当に素敵だわ」
彼女は尚孝の頬に両手を添える。
それでも尚孝は動かない。ただ視線をそらさぬように彼女を見る。
彼女は愛おしいものをみるように尚孝と視線を合わせる。それでも尚孝は動じない。
「実際に見ると素敵ね。あなたの眼。珍しいパープルアイ」
彼女は尚孝から手を放すと、彼らをと香り過ぎていき、試験管の並ぶ棚のほうへと向かう。
そして、振り返る。
「素敵よ。そのまっすぐな瞳。壊したくてたまらないわ。壊して、そして私のコレクションにするの。試験管の中ではなく……」
いつの間にか、彼女の手には一体の人形。
目のないフランス人形が握られていた。
「ここにはめ込むの。あなたの……。あなたたちの眼。一つずつ」
洋子は顔を青くする。
どういうことなのか。
そう考えたとき、姉の死に顔を思い出す。姉はどういう状態だったのか。
そうだ。
目がなかった。
目がえぐり取られていたではないか。
そういうことか。
洋子は理解した。
彼女だ。彼女が犯人だ。
彼女が姉を……。
「あなたなの? あなたかお姉ちゃんを殺したの?」
月草峰子が微笑む。
それが答えだ。
洋子の中で怒りが漲っていく。
「そうよ。香川洋子さん。あなたの姉・香川麻衣の眼はあそこよ」
彼女が指さした棚。そこにはぬいぐるみが立ち並ぶ。その一つには黒い目をした熊のぬいぐるみ。
洋子はその目を見た瞬間、姉の恐怖に満ちた姿が重なった。
「すぐにわかったわね。わかるでしょ。素敵よ。麻衣ちゃんの眼もそして、あなたの眼も……」
峰子は洋子を指さす。
怒りが沸く、それよりも恐怖が支配する。
フラッシュバックするのは、見たはずのない姉の最期の光景。
姉は何者かによって切り裂かれていた。手も足も胴体も、服もボロボロとなり必死になにから逃げ続ける。それを愉快な顔をして追う何か。
「実際は私が下したわけじゃないわ。岩城にまかせた。“鬼化”した岩城に襲わせたわ」
「“鬼化”? お前、やつらの関係者か」
「やつら? あら、あなた、彼らを知っているの?」
尚孝は彼女を睨みつける。
「そうよ。私は彼らから私の欲を満たす方法を教わったの。そうよ。それに必要だったのは、“鬼化”すること。岩城はそれを受け入れたわ」
鬼化
いったぃ、何のことだろう。
洋子は尚孝を見る。
鬼化
生きた人間に別の魂やモノノケを宿らせ融合させることによって生まれる存在。
しかし、完全なる鬼化するためには過程がいる。
その間には“アヤカシ”状態がある。その状態だと大概は暴走してしまうのだが、このあたりで“アヤカシ”の出現情報はない。
「そして、私のためにつくしてくれているの。私が欲しいモノを手に入れるために尽くしてくれる」
「ほしいものっていうのは眼か。それも恐怖に満ちた」
「ご名答。美しい目が恐怖にゆがむ姿はまさに美。究極の美と思わない?」
「狂っている」
「私にとっては誉め言葉ね。さあ、あなたのその眼。恐怖にゆがむ姿を見せて頂戴」
その直後、彼女の背後にあった試験管が次から次へと割れていき、同時に棚にあった人形たちが動き出す。
尚孝は思わず視線をそこに向けた。
すると、突然激痛が走る。
「刑事さん?」
左上腕から血がにじむ。
尚孝は痛みで顔を歪めながら彼女をみる。
「あなた。霊力ないのね。それじゃあ、凡人にも見えるようにしてあげるわ」
彼女がつげると同時に、周囲に忽然と得体のしれないものが姿を現す。
大型のカマキリに、一つ目と胴体のみもの
無数の眼を持つ、蔓のように長い首をした緑色のもの。
さまざまな化け物たちが姿を現す。
「きゃあ!」
洋子は悲鳴を上げ、尚孝は舌打ちをする。
「でも、見慣れているのね。霊力ないのに、変な人」
「それはどうも……」
「まあ、どうでもいいわ。さてゲームを始めましょう。その前に……」
尚孝と洋子にはめられていた手錠が自然にとれ、床に落ちた。
「それしたままじゃ逃げられないものね」
なにを考えている?
女の浮かべる笑みからではまったく読み取れない。
けれど、やるべきことはわかる。
尚孝は洋子の手を握ると、入り口に向かって走り出す。
化け物は追いかけてこない。
じっと、こちらを見ているだけだ。
どういうつもりなのか。
そんなこと考えている場合ではない。
自分にできることなど、知れている。
とにかく逃げるのみだ。
尚孝たちは部屋を飛び出す。
「さあ。追いかけて頂戴。殺しちゃだめよ。たっぷり恐怖を与えてきなさい」
彼女が指示すると、化け物たちがぞろぞろと彼らの後を追いかけ始めた。
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