2・緊急事態のはずだが……
「おい。どういうことだよ。芦屋さんがさらわれたというのは……」
朝矢は店の扉を乱暴に開いた。その後ろで愛美が「久しぶり~」といいながら中央のテーブルに座っている桜花に手を振っている。
桜花は愛美に軽く手を振ると、テーブルに顔を伏せたまま呻き声をあげる成都を見た。
「その通りだよ」
誘拐されたらしいというのに、あいかわらずのんびりとした口調で応対しながら、店長の桃史郎がコーヒーを飲んでいた。
店員はあきれたように、なぜか撃沈している男をみている。
店長はのんびりとお菓子を片手にコーヒーを飲み、その傍らにはホッホッホッと愉快そうに笑いながら茶を濯ぐ元征夷大将軍がいる。
「おいおい。全然切羽つまってねえぞ」
電話での話し方から想像はできていた。
内容は切羽詰まった感があるのに、どうしてこいつらはこんなに落ち着いているのだろうか。
「つうか、シゲ。お前、なに落ち込んでいるんだ?」
「だってえ、だってええ。ずるいぞ。ずるい。火を吐いたんやああああ」
顔をあげた成都の眼が涙で緩んでいる。
「カマキリやぞ。カマキリが火を吐くなんて反則やないかあ。火が苦手なのをわかっての犯行やあ。わなや。わな」
そういって、また顔を伏せる。
「たまたまだろう。ってそんなもんで落ち込むな。ボケ。いい加減に克服しろよ」
「そんなああ。ひどいよお。トモ~」
「それで結局はどうなった?」
「それは大丈夫よ。突然火を噴きだしたから、相当パニックになっていたみたいだったけど、その前に私が助けたわ。カマキリ男も見事に封印したし、もうただの人間に戻っているはずよ。いまは警察に連行されているところ」
「あの刑事か? 田畑っていう。大丈夫なのか? 見られていただろう?」
「それは大丈夫ううううう」
愛美が口をはさんだ。
「ケータイ越しだったけど、私の歌聞かせたから、人がカマキリになった記憶はないはずよ」
「そうか……」
愛美は目を輝かしながら、いかにもほめてといわんばかりに朝矢を見た。
「はいはい。よくやったよ。さっきも助かった」
「えへっ」
愛美は心から喜んでいる様子で、幸せそうな顔をする。
「それに一応、柿原さんに付き添うお願いしたわ。上の指示ということにすれば、田畑刑事も文句ないでしょう」
「そうか、それよりも……」
朝矢は桃史郎を見た。
「もちろん、尚孝と洋子ちゃんも助けにいくよ」
桃史郎はコーヒーをテーブルの奥と立ち上がった。
「どこへ?」
「さあね。でも、まだ動かないよ。キャストがもう一人到着しそうだからね」
その直後、店の扉が開いた。
振り返ると、汗だくになっている弦音の姿があった。
「お前……、家に帰ったんじゃないのか?」
「えっと……。気になって……」
朝矢は桃史郎を睨みつける。
なにかしたのだと思ったのだが、桃史郎はすました顔をする。
「さてと、キャストもそろったことだし、話を聞こうかな。子ザルちゃん」
桃史郎は朝矢の肩にしがみついたままだった一つ目小僧に笑顔を向けた。
その笑顔に一つ目小僧は思わず隠れてしまった。
笑顔の内側に恐怖を感じたためだ。
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