2・尚孝と田畑

「お前、そのへんてこ部署に配属とはどういうことだ?」


「へんてこ部署じゃないですよ。田畑さん」


「へんてこ部署だ。なにが妖怪だ。なにが怪奇だ。そんなもの迷信にすぎねえ。俺は反対だ。お前がいく部署じゃねえ。お前のいるべきところはここだろう? 芦屋」


 そんな会話をしたのはいつのことだったのだろう。つい最近のようでいて、はるか昔のことのような気がする。


 田畑刑事は尚孝の教育係だった。刑事になりたてのころからずっとお世話になった人で刑事のノウハウを叩きこまれたものだ。


「お前はできる。いい刑事になるぞ」


そんなふうに言って笑顔を浮かべたいたことはいまでも覚えている。


 彼はずっと尚孝に対して一課のエースになれるのだと期待を寄せてくれていた。


そんなある日、突然尚孝に新設の部署への異動の辞令がおりたのだ。


しかも、その新設の部署というものが別名「オカルト部署」と呼ばれる妖怪や幽霊といったものに対処するというものなのだから、現実主義者の田畑にはただの茶番劇としか思えなかった。


「そんな部署にいくことはねえ」


そうはいってくれていたのだが、尚孝はその部署への異動を決めた。突然のこと。田畑にはそう思えていたのだが、尚孝は知っていたた。その部署の設立はずいぶん前から計画されていることを……。


その辞令が降りたときは“やっときたか”とさえも思えた。


だから、断る必要もないのだ。その部署は霊力のない尚孝にとって必要だった。これで思う存分そちらの方面に関われるからだ。


そういうことで尚孝は世話になった捜査一課から異動した。


そのことが田畑には気にくわなかったのだろう。


裏切られた気持ちになったにちがいない。



それから、田畑の尚孝に対する態度がガラリと変わった。


 なにかと嫌味をいい、いちゃもんをつけることが多くなった。昔から口は悪いほうではあったが、それに拍手をかけるようになったのだ。


 それに尚孝が腹を立てることはない。そういわれても仕方がないと思っていることもあるし、なによりも自分の代わりに腹をたてる部下たちがいたからだ。


「田畑刑事。やばいかもよ」


「おいおい。香川洋子を見張れといったのはお前だろ?どうするんだ?」


「もちろん、見張りを続けてもらいたい。でも、これは君に報告はしないといけないと思ってね。おそらく敵さんが田畑刑事を襲う」


「田畑さんは強い。そんな簡単にはやられないさ」


「人間相手ならね。でも、人じゃない」


「アヤカシか?それとも……」


「オニかもね」


「オニ……。今回の敵は鬼なのか?」


「それはわからない。でも、鬼は厄介だよ。それこそ、徒人は瞬殺だからねえ」


 桃志郎はのんびりした口調でいう。


 鬼は厄介だ。


 鬼というのは、一般的にしられる鬼とは少し違う。


 外見的特徴としての“角”がついているというものは同じかもしれないが、その成り立ちが違っていた。


 鬼は生まれながらの鬼は滅多に存在しない。


 大概の鬼は人の憎悪といった感情により人が変化したものが多く、それを屍鬼と呼んでいる。


 しかし、屍鬼になるには過程と条件がある。


 条件の一つが肉体のない魂が魂を持つ肉体に憑依すること。そして肉体の元の魂と融合し支配すること。大概は魂同士が反発して化け物へと変貌し暴走することが多い。その様子を“アヤカシ”と呼んでいる。


 融合するということは肉体の元の魂を弱らせ、侵入した魂が吸収してしまう。またはどちらの魂が混ざりあうことで、新たな魂が生まれる。それが宿った器は人間とは異なる存在へと変化とげさせてしまうのだ。



「おいおい。俺も徒人だぞ。おれがいったところで敵うはずがない」


「徒人……ねえ……」


「……。まあ、お前のことだから、もうすでに動かしているだろう……」


「もちろんだよ。それは大丈夫。だからただの報告だよ」


「だろうな」


 尚孝は洋子のいる家のほうへと視線を向けた。特別変化はない。


「なにが起こるというのか……」


「それはわからない」


「おいおい。お前なあ」


「でも、きっと彼女は狙われる」


「なぜ、そう言い切れる」


「ただの勘」


「勘かよ。まあ、お前の勘は当たるからな」


「そういうことだよ。頼むねえ」


「だから、おれは徒人だ。なにか起こったとしてもなにもできないぜ」


「大丈夫。武器はあるだろう」


「ああ、けん銃はある」


「それと……」


 ルームミラー越し。


 尚孝と桃史郎の眼があった。


 桃史郎はなぜか尚孝の眼をじっと見ている。


「どうかしたか……」


「ほんとにきれいだね」


「は?」


「きれいな色だよ。君は……。それで引き付けておいてね」


「意味がわからん」


「じゃぁね」


 桃史郎は車から降りた。


 尚孝は振り向かない。バックミラー越しに彼が消えていくのを見ているだけだった。


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