3・それが出逢い
「またこんなところでサボってる」
彼はいつも屈託のない笑顔で話しかけてきた。
明るい茶色の髪と垂れた目に笑みを浮かべる彼はクラスでも人気者。
転校してきたのは最近のことなのに、すっかりクラスに溶け込み、いつも誰か彼のそばにいた。
それに引き換え、自分は浮いた存在だった。そんなに人付き合いがいいほうではないが、どうもクラスのだれもが自分へとむける視線は物珍しげだった。
子供のころは、自分に興味を持ってくれていることにうれしく感じていたのだが、大人になるにつれてその視線は好奇心でも興味でもなく、畏怖の眼差しのように感じた。
畏怖。
他者とは異なる存在。
当たり前と思っていたものが一気に崩れたような感じがした。
だから、中学に上がるころには自分から人と距離を置くようになった。
前髪を伸ばし、眼鏡をかけた。
どうみても根暗な少年の出来上がりだ。
気配を消し、いつも透明人間を演じる。
休み時間は教室からそっと出て、あまり人気のない体育館裏にひっそりとあるベンチに座って空を眺めた。時折、質の悪い輩が絡んできたりしたが、返り討ちにしてやった。
ベンチがなぜそこにあるのかはわからない。
まあ、おかげで地べたに座らずに済んでいる。
そんなときにいつもあいつが話しかけてきたのだ。
人望なあいつ彼と、いつも人と距離をとる自分。まったくの正反対だ。
「君はどうして自分を隠すんだい?」
「別にこれが本当の俺だ」
「嘘つくな。君って本当は真面目くんだろ。なにカッコつけて不良ぶってんだい」
「別に不良ぶってねえよ。何しにきた? 転校生。説教しにでもきたのか?」
「ううん。君、どうせ暇だろ」
「は?」
「とくに部活にも入っていないし……。だから、僕の手伝いしてくれないかな?」
何をいおうとしているのかわからなかった。
けれど、内容はわからないが、この転校生がこれからいおうとしていることになぜか興味を覚えた。
「僕がこの町にいる間でいいよ。だから、手伝ってくれるかい? 芦屋くん」
尚孝は薄っすらと目を開けた。ここは車の中。
運転席を後ろへ倒してしばらく仮眠をとっているところだった。
そのまま天井を見ながら、夢の内容を思い出している。
なぜあのときの夢を見たのだろう。
あれはあの男と出会ったころの夢だった。
「あれからだったな。こんなものとかかわるようになったのは……」
尚孝は上半身を起こし、正面を見た。
そこには、先ほど自分が送り届けた洋子の家がある。
尚孝は洋子を送り届けたあと、帰らずにとどまり続けている。
「おかげであいつにこき使われっぱなしだ」
尚孝はハンドルを握りながら愚痴った
。
「こき使っているなんて失敬な」
いつの間にか背後から声がした。
一瞬目を見開いた尚孝だったが、すぐに冷静を取り戻すとバックミラー越しに後部座席に座る彼を見た。
「神出鬼没だな。お前」
ミラー越しにたれ目が微笑んでいる。
どうもこの男はつかみどころがない。
「せっかく差し入れ持ってきたのに……」
そういいながら、彼はレジ袋に尚孝に差し出した。振り向くことなく受け取った尚孝は袋を開ける。
「アンパンかよ」
「張り込みっていえばアンパンだろ」
「そんな決まりはない」
「じゃあ、返して、僕が食べるから」
「お前には大量にあるだろう」
尚孝がいうように後部座席はレジ袋に入ったお菓子といった類がたくさん置いてある。
そのうち、せんべいの袋が開けられており、後部座席の人物がボリボリと食べている。
「おいしいよ。せんべい」
「今回はスルメじゃないのか」
「なにいっているんだい。僕がスルメばかり食べていると思ったら大間違いだよ」
「相変わらず、食欲旺盛だな。よく太らない。っていうか、あまり汚すな。最近洗車したばかりだかりだ」
「はーい」
その矢先、ボロボロとせんべいが零れている。
こいつにいっても仕方がないかと尚孝はため息をもらした。
「それよりもお前、何しにきた?」
「差し入れに決まっている」
「それはついでだ。他に言いたいことがあるだろう」
せんべいを食べきると袋を丸める。
「そうだった。君の上司……田畑さんだっけ……」
そのとき、ようやく尚孝は後方を振り向いた。
「田畑刑事がどうした?」
「あの人、やばいかもよ」
「やばい?」
「なんか確信に近づいているみたいだ。このまま近づきすぎると、あの人死んでしまうかもね」
尚孝の顔が青ざめた。
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