3・降り注ぐ雨

 ショップを出た洋子は家に帰るでもなく、ただ街の中をさ迷い歩いていた。


なにをやっているのか、どこへ向かおうとしているのか。


それさえもわからなくて、思考さえも閉ざされていく。そんな中で唯一思い浮かぶのは姉のことだ。


 昔姉があのドールショップで働き、洋子への謝罪のつもりでプレゼントを買おうとしていた事実が何度となく彼女のなかでめぐっている。


 謝りたかった。


 姉もそうしたくて、あの店に行った。


 そういえば、自分もあの店のぬいぐるみが気に入っている。とくに熊のぬいぐるみがかわいいのだといつも姉に言っといたことを思い出した。


 くまのぬいぐるみが好きなのは、姉ではなく自分だっただけなのかもしれない。

 姉のために買ったぬいぐるみは、自分がほしかっただけで心から謝るために買ったわけではないのかもしれない。


 自己満足。


 それだけのためなのか。


 そんなことを考えているうちに気づけば、すでに太陽が隠れてしまっている。夜の闇の中で輝くネオンの光があたりを照らしている。行きかう人は多い。


 それなのになんだか、ひとりぼっちのような気分になる。いや実際に独りだ。


だれも洋子の存在に気づいていない。話かけるものさえもいなかった。


どこへいこうか。


まったく帰る気にもならない。


そんな孤独感にさいなまれている洋子の気持ちを表すかのように雨がシトシトと降り始めた。


最初は小雨だった。


しかし、それが激しくなっていくまでには、さほど時間がかかってはいない。


天気予報では、夕方から雨が降るという予報だったから、行きかう人々の中には傘をさして歩くものもいる。それをまったく気にした様子もなく傘を持たずに外出したらしき若者が慌てて走っていく姿が見える。


 洋子は後者だ。


 確かに朝天気予報が流れているのを見た気がするが、まつたく気にも留めていない。だから、彼女の手元には傘はない。かといって、他の人たちのように雨宿りできる場所へと駆け出す気もなかった。


だた雨に打たれながら。トボトボと歩みを進めているだけだ。


 俯き加減で雨に打たれ続けて歩く女子高生の姿を視線を送るものもいる。


 けれど、話かけるものはいなかった。


むしろ、なにも話たけてほしくない。


そんな洋子の想いが周囲に伝わっているのか。それとも、洋子が透明人間になってしまったというのか。


 だれも気に留めない。


 それでいいのだ。

 


なにも知らない人に話しかけられても洋子が返答するのに困ることは目に見えているからだ。



 それもどうでもいい。



 どうすべきか。


 会いたい。


 ただ逢いたい。


 会って知りたい。


 その思いだけが洋子の中で巡っている。


 洋子ははビルの間の路地に入るとそのま座り込んでしまった。


それから、どれくらいそうしていたかはわからない。


ただ突然雨を遮るモノが洋子の頭上に現れたのだ。



「濡れるよ」

 


 突然頭上から声がした。


洋子はハッとする。


思わず顔を上げると、そこには見知らぬ男が傘を差しながら、洋子に穏やかな笑みを浮かばせていた。



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