8・お喋りな男
かぐら骨董店の店内は、中央には年輪の入った一枚板で作られたそれなりに広いテーブル。その周りには、古い壁掛け時計やランプ、陶器といったものが無造作に飾られている。
壁は洋風なレンガ造りで暖炉らしきものもある。
天井にはシャンデリア。その明かりは薄暗く、店のいたるところに窓が存在しているが太陽の光はほとんど入っていない。
弦音が中央のテーブルら腰かけさせられてから、すでに半時間ほどが過ぎている。
テーブルにはコーヒーとマカロンが置かれ、長身の男が無言で座っていた。
コーヒーを出してくれた女性は奥にあるレジのほうでパソコンとにらめっこしており、自分を案内してくれたしゃべる犬はどこかへ消えている。
そんな中で沈黙の時間を与えることなく、朝矢の隣に座る男が一人、ペラペラと喋り続けていた。
次から次へと続く言葉に口をはさむ暇もない。だからだろうか。朝矢は腕と足を組んだまま、黙って成り行きを見守っている。
「そんでもって、ここはそういうとこなんや」
三十分以上、関西まじりの言葉で話す内容はおそらくこの店のことと、自分たちのことだろう。
それはわかるのだが、なにせ無駄に話が長い。
弦音の頭にまったく入ってこない。
「わかったか?」
「わかるかよ!ボケ!」
弦音が思ったことを代弁するかのように朝矢が怒鳴った。
「ええ。おれ、すーごくわかりやすく、こまかーく説明したでえ」
「なげえよ。なげえ。もっと端的に説明しやがれ。なにが俺にまかせとけだ。余計に混乱してるだろうが」
朝矢が怒鳴り散らす。
「うるさいわね。また計算間違ったじゃないのよ。シゲに任せるとそうなるってわかっているじゃないの。無駄に長いのよ。この男は……」
「じゃぁ、てめえが説明しろよ」
「あのねえ。私は計算で忙しいのよ。あんたが説明しなさいよ。あんたが誘ったんでしょ」
「おれじゃねえ。ナツキだよ。ナツキ」
「とにかく、シゲよりはマシよ」
朝矢は眉間に皺をよせ、舌打ちする。
そして、黙って聞いていた弦音のほうへと視線を向けた。
「ようするに祓い屋だ。俺たちはただ祓う。アヤカシの類いを祓うことで生業としている」
「はい?」
弦音は首を傾げた。
「いてっ」
同時にパコンと鈍い音が二つ聞こえてきた。
見ると、女の手には丸めたノート。
二人の男が頭を押さえている。
「あんたたち。まったく説明になっていないっての」
「だから、てめえが説明しろよ。委員長」
「だから、委員長じゃないわよ。それは小学生のころの話じゃないの」
「あのお」
弦音が口を開いた。
三人の視線が一斉に向く。
弦音はたじろいだ。
「なんとなく理解しました」
なんとなく理解できたというのは本当だ。
高柳成都という関西訛りの男の無駄に長すぎる話と朝矢の端的すぎる話、そして先日自分の身に起こった出来事を総合するとなんとなくわかる。
この世界には常識では考えられないことが多く起こっている。
地震や台風、火事、事故といったもの。
感染症やそのほかの病気。
そんな類のモノはなんとなく解明されている出来事。
けれど、先日弦音が目撃したものはそれとはまったく異なるものだった。人が化け物に変貌したのだ。しかも身近にいた女の子が得体のしれないものへと変貌をとげて襲うという事態に弦音はついていけなかった。
それだけではない。
朝矢という男が見たことのない大きな犬。
いや犬というよりも狼だ。
それに乗って、悠々と化け物の上を駆け上がっていった。そのまま、あの化け物に飲み込まれたかと思うと、化け物が消えるとともに姿を現した。
それから、歌が流れてきた。
その直後、あんなに騒動となっていた渋谷が何事もなかったように人が通っていく。
いや何事もなかったのだ。
弦音以外のものからしたら、何事もなくいつもの平凡な日常だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます