2・プレゼントを買いに

  死者に会わせてくれる店がある。

 

 洋子がそんな噂を耳にしたのは、学校でのなにげない会話だった。

 そんな言葉に洋子が傾倒してしまったのは、彼女には会いたい人がいたからだ。


 もうすぐ三か月になる。

 

 洋子の2つ上の姉が殺された。


 今朝のニュースでも報道された殺人事件の手口と同じような手口で斬殺されたのだ。


「三鷹にいったら、死者に合わせてくれる場所があるらしいわ」


 どうしてそんな会話になったのかの経緯はしらない。友達の一人が突然そんな話を始めたのだ。


 前のめりになる洋子に驚きながらも噂の店を教えてくれた。



「街はずれの骨董屋は霊媒師の仕事もしているらしいのよ」


「霊媒師?」


 彼女はうなずいた。


「それって霊を祓う人たちのことだよね」


 聞いたことがある。


 夏になると、よく特番で組まれる幽霊体験や心霊写真。その番組によく出てくる。


「それが主らしいんだけど、依頼によっては死んだ人と対面させてくれることもあるらしいわ」


 対面させてくれる?


 姉とまた会える。


 聞いてみたい。


 姉の身になにがあったのか直接きいてみたい。


 警察が捜査してくれているだろう。


 けれど、その結果がいつ出るのかわからない。


 もしかしたら、迷宮入りになるかもしれない。。


 そんな不安が洋子の中にはあった。


 真相をしりたい。


 犯人を知りたい。


 もしも姉の亡霊がいるのならば、話してくれるかもしれない。


 そして……


 脳裏には姉の顔……


 つい三か月前まで、当然のように自分の隣にいた姉。


 仲がよかった。


 生まれて頃からずっと一緒にいて、けんかもよくしていたけれど、すぐに仲直りした。


 本当にやさしい姉だった。


 だから、殺されるなんてありえない。


 そんなに恨まれていたとは思えない。


 そうではない。


 その後も似たような事件が続いている。


 姉だからではない。


 だれでもよかった。


 恨みではなく


 ただ誰でも……


 あの日のことが思い出されていく。


 その日に限って喧嘩してしまった。


 ほんの些細なことだったのに言い争いをして、仲直りをする前に学校へいってしまったのだ。


 どうしてあんな些細なことで喧嘩したのだろうか。


 学校につくころにはすでに後悔していた。


 家に帰ったら謝ろう


 そうだ


 姉の大好きなくまのキーホルターでも買ってこようかな


 ぬいぐるみのほうがいいかもしれない


 もうすぐ姉の誕生日だ。


 そのつもりでバイトして、お金を貯めたではないか。


 プレゼントをもって、謝れば許してくれるはずだ。


 きっと、いつものようにもとに戻るはず。




 洋子は学校から帰ると、さっそく、熊のぬいぐるみを買いに出かけることにした。


 学校から二駅


 下車するとすぐに駅を出る。


 そこは若者の集う繁華街。


 様々な店が立ち並び、すぐさまお気に入りの店へと繰り出した。


 そこはぬいぐるみなどのかわいいグッツが豊富にあるショップ。


 前から目はつけていた。いつ行っても必ず。それはある。


 人気があるからすぐ売れ切れてしまうような品ではないかもしれない。


 たとえ気に入ったとしてもただの女子高生が買えるような金額ではなかった。


 特に今年高校生になったばかりでバイト経験もない洋子には、まったく手の届かないものだ。


 ゆえに洋子はアルバイトを始めた。


 大好きな姉のためのプレゼントを買うために必死に働いて、ようやくそのぬいぐるみを手に入れられるほどのお金を稼ぐに至った。


 さっそく買いにいったのだが、その日に限ってそれがなかった。


「ごめんね。さっき売り切れたの」


 店員が申し訳なさそうにいった。


「そうですか」


 一歩遅かったのだ。


「あのそのお客さんは?」


 我ながらずうずうしいことをしている。もしかしたら、譲ってくれないかという期待だ。


「あの人ですよ」


 店員さんはぬいぐるみを買った人のほうを指さした。

 まだ店内にいた。

 髪の長い女性と背の高い男性の姿。

 女性の手には袋。

 あの中に入っているのだろう。


「あの……」


 洋子が声掛けすると彼女が振り返った。

 女性の姿を見ると、洋子がはっとした。見たことのある顔だ。

 ものすごく美人。

 どこかでみたことがある気もするが、どうもピンとこない。


 いまから考えれば、あの美人さんがだれなのかはわかる。


 それからすぐにメディアに顔を出すようになった歌姫だ。


 洋子はしばらく見とれていると、彼女が浮かれた様子で男のほうになにかを言っている。


「バカか。てめえ。デビューしたてでファンがつくかよ」


「そんなことないわよ。こんなに美人だもん。女性のファンもいるわよ」


 彼女が楽しそうにそばにいた男性にいうと、男性は顔をゆがめた。


「あのお」


 彼女は洋子を振り返る。


「もしかして、私のファン?サインがほしいの?」


「えっと……」


「てめえ、この子、困っているだろうが……」



「えっと、その……」


 洋子は躊躇しながらも、彼女の手にもっているものを見た。


「もしかして、これ?」


 彼女はすぐに気づく。


「あの……その……姉にプレゼントしようと……」


「そうなの。お姉さんに……。いいわよ。あげる」


「おい。いいのか」


 彼女は男性を無視して、洋子にぬいぐるみの入った袋を差し出した。


「ありがとうございます。あの代金は……」


「いいわ。そのかわりに私のデビューシングルかってね」


 そういいながら、彼女は男性の腕を掴む。


「こらっ」


 男性はぎ顔を引き摺っている。

 恋人同士ではないのだろうか。


「いいじゃないのよ。ねえ。いこう」


 彼女と男性は店を後にした。


 

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