第7話 続く厄災

 突然、サイレンが鳴り響いた。世界が変わろうとも、サイレンが不安を誘う音色である事は共通らしい。

「何だ?」

 皆立ち上がり、辺りを見回した。

 花の咲く花壇、ベンチ、20畳程の広場。この庭は平和だが、何かが起こったらしい。

「火事とか救急車とか?」

「何だろう。俺達のいる所は、軽く隔離されているからな」

 言いながら、篁文達は花壇の奥の塀に近付く。塀は2メートルほどの高さがあった。

 と、マルマや、ほかの連絡係が血相を変えて走って来た。

「あ、マルマさんだ」

「離れて下さい!また――!」

 言いかけている途中で、忘れもしないあの雄叫びが響いて来た。

 マルマ達はその場でクタリと倒れ込み、ある者は失神している。

 篁文は壁に手をかけ、体を引き上げて向こうを覗いてみた。

「あの化け物が1体。アクシル人がいる。まずい」

 言いながら、篁文は壁の向こうに飛び降りた。

 研究者らしき白衣の人や一般人のような人もいたが、皆、倒れたり座り込んだりしており、痙攣している人もいる。

 化け物はそんなアクシル人に向かって近付いて行き、どれから食べようかと品定めをするように眺めまわしていた。

 そんな化け物に走って近付き、倒れていたガードマンの手から借りた警棒を叩きつける。

「ギャアアア!!」

 化け物は驚いたように声を上げ、篁文の方を見た。

 動ける篁文に向かって、改めて雄叫びを上げる。

「効かない」

 警棒を喉元に叩き込み、よろめいたところで側頭部を強打する。

「グアア!ア!ア!」

 化け物は怒り、ターゲットを篁文にしたらしい。

「篁文!加勢いたす!」

 ドルメが、走って来た。長い棒を持っている。

「それは?」

「枝を折らせていただいたのである」

「目を狙おう。思い切り脳まで突き込んでくれ」

「うむ!」

 目が普通に柔らかい事は、前回でわかっている。

 篁文の攻撃でできた隙にドルメが槍のように構えた枝を目に突き立てる。

「そりゃああ!!」

「ギャアア!?」

 化け物はビクビクと痙攣し、やがて斃れた。

「死んだ?」

 いつの間にか近寄って来たパセが、恐る恐る訊く。

「それ、フラグよ」

 紗希が言うが、化け物は死んでいたようだ。

「一体だけか?他にいないか?

 ドルメ、塀を乗り越えたのか?」

 辺りを見回しながら訊く。

「うむ。ベンチを塀に寄せてな。花を踏み荒らしてしまったである」

 言いながら皆で探すが、化け物は見当たらない。

「アクシア人はなぜかあの雄叫びに弱いんだなあ」

 セレエが言った時、虫が3匹ほど塀を這い上っているのが見えた。

「虫だ」

 言って篁文は走り出すと、塀に飛びついて上に上がり、走って距離を詰めると、警棒で叩き落す。それを、追って来たパセとドルメが、叩き潰した。

「他にはいないか?」

 塀を越えた虫もいない事を確認して、動けるようになった人と一緒に、救助を手伝う。

「どういう事?この前、潜んで隠れていたの?」

「虫はともかく、あの化け物がいたら、絶対に見付けられるわよ」

 紗希とパセが不安そうに言い合っていると、やっとサイレンが止まった。


 数日後、再び説明会が開かれた。今度は、向こう側にヨウゼとマセリヤだけでなく、何人かの偉いのではないかという感じの人が増えていた。

「まずは、現れた人型の生物と虫の調査報告をいたします」

 白衣の人が、生真面目な顔で立ち上がる。

「虫は、人や動物に取り付き、血液を吸い上げる性質があります。そして、卵を産み付ける事が確認されています。そして、硬い。

 あの二足歩行の類人猿のような化け物は、人を食べるようです。身長は2メートル前後で力も強い。体表は硬く、普通の刃物ではなかなか刃が通らないし、銃の弾でも、深部にまで届かせるのは容易ではありません。

 その上、上げる雄叫びが、ラクシー人に備わっている、平衡感覚をはじめとする色んな感覚を司る副脳を麻痺させ、眩暈または失神してしまう事が確認されています。

 虫は硬いですが、こちらはナイフも銃弾も通じます。

 化け物は、ある特殊な周波数の振動を発する刃物や銃を用いれば体組織を膨張させて破裂させることができるので、斬りかかれば爆ぜるように傷ができるし、銃を撃ち込めば体内から膨張して爆ぜる事になると、死体での実験で明らかになりました」

 その白衣の人が座り、別の人が立つ。

「次に次元の重なりについてですが、現在次元はほぼ安定しております。地球やコベニクス、デルザ、メルベレ、その他の次元と接触の様子はありません。

 ただし、あの化け物と虫のいる次元とは局地的に接触を保ったままで、ごく小さな接触面を通って、不定期に化け物や虫がこちらに流入して来る模様です。

 接触面とタイミングは予測不可能ですが、範囲に限って言えば、この研究所の半径10キロ以内と考えて良いかと思われます」

 ラクシー人達は、一様に溜め息とも重い吐息ともつかないものを吐き出した。

 副脳。それが、ラクシー人との差異らしい。

 篁文とセレエとパセは、その後に続くであろう文言に、軽く嘆息した。

「篁文。副脳だって」

「ああ」

「無くて助かったね。マヒしないよ」

「助かったのかどうか」

 篁文とセレエとパセは苦笑した。

「え?あ、まさか……」

 紗希もやっと気付いたらしく、笑顔が強張った。

 ヨウゼが、口を開く。

「そこで、特殊次元対策課をこの度立ち上げる事が閣議で決定されました。

 察しがついたと思います。副脳がある限り、われわれラクシー人はあれに対処する事が困難です。心苦しいのですが、皆さんの力を、どうか貸していただきたい」

 一斉にラクシー人達が立ち上がり、頭を下げる。

 誰かが、グウッと喉を鳴らした。



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