第8話 就職

 紗希は、黙々と日課のトレーニングをしている篁文を見ていた。

 副脳がない異世界人にしか化け物の対処ができないからって、未成年者のすべきことではない。有効であるという新しい武器を制作中らしいが、危ないではないか。

 無理にやれと命令はできない。そうヨウゼ達は言っていたが、他に対処できる人がいない以上、無言の圧力をかけられているも同じだ。

 しかも、セレエと自分は逃げ腰なのに、ドルメはやる気満々に見えるし、パセは迷っているらしいし、篁文は無表情で何を考えているかわからない。

「篁文。そんな事をしてる場合?何してるのよ」

 たまらず、声をかけた。

 篁文は顔も向けずに、答える。

「ストレッチは重要だぞ。疎かにしていると、ケガの元になる」

「意味が違う!」

 それで篁文はストレッチを終了し、汗を拭きながら紗希の方を向いた。

「わかってる。あの話を受けるのかどうか聞きたいんだろ」

 紗希は、ムスッとしながら頷いた。

「やろうと思う」

「何で!?危ないのに!高校生だよ!?この前まで、学校に行ったらどうかって勧められてたんだよ!?」

 篁文は黙って汗を拭いてから、短く、

「公務員だし」

と答えた。

「はあ!?」

「とにかく、俺はやるよ。紗希は危ないから、学校に行け。

 文字の対比表は覚えたか?後で書き取りするぞ」

「自分が覚えたからって余裕ね。

 じゃなくて!ちょっと!」

 篁文はまだ文句を言う先に背を向けて、部屋に付いているバスルームに入った。

 そこで嘆息し、小さく呟く。

「どんくさいお前の前にあれが現れたら、マヒしないお前でもまずいだろうが。それなのにお前は、きっと首を突っ込んで行くに決まってる」


 紗希は反射的に文字の対比表を取り出しながら、水音が聞こえて来たバスルームのドアをキッと睨んだ。

「心配してるのに、何よ。ここだと殺し屋とか言われないから?猫耳がいいの?それとも職員の色っぽいお姉さんがいいの?

 ああ、腹の立つ!異世界に来て、もうちょっと距離が縮まるかと思ったのに!」

 枕を蹴ろうとして、見事に空振りをし、そのまま転ぶ。

 天井が目に入る。

「危ないのに、絶対に突っ込んで行くのが篁文なのに。バカ!」

 天井が、ぼやけて来た。


 数日後、ヨウゼの元に異世界人達が集められ、各々の決定を伝える。

「吾輩は、提案を受けたいと思う。

 体を使う仕事はうってつけであるしな」

 ドルメは笑って答えた。

「あたしも、やるわ。他の仕事を探すのも面倒臭いしねえ」

 パセはフニャッと笑って言った。

「俺も、受けようと思います」

 篁文は短く答えた。そして、チラッと隣を横目で伺い見る。

 紗希はあれ以来怒っており、話し合いはしていない。それでも、怒り出さないどころかニヤニヤと笑う様子に、篁文は薄気味悪さと嫌な予感を抑えられない。

「私もやります!」

 紗希が嬉々として答え、篁文は予感が的中した事にガックリと肩を落とした。

「待て。ちょっと待って下さい。

 紗希。本当に自分にできると思っているのか?自分の運動神経とかおっちょこちょいを忘れてないだろうな」

 紗希はプッと頬を膨らませた。

「失礼ね、篁文。私だって自覚してるわよ」

 皆「否定しないのか」と思った。

「でも、効果的な武器を試作中なんでしょ」

「お前がそれをちゃんと扱えるかどうかも怪しい」

「どこまでも失礼ね!」

 ヨウゼはおっとりと笑いながらとりなした。

「まあまあ。訓練も勿論受けてもらうし、向き不向きで担当も決める事になるだろうし。安心し切ってもらうのはまずいが、まあ、取り敢えずは訓練を始めてからという事でいいかな?」

 篁文もこういわれると、納得せざるを得ない。

 というか、これでだめだと納得するに違いないと考えた。

「わかりました」

「んふふふ」

 紗希がドヤ顔を向けて来るのに、イラッとする。

 セレエは頭を掻きむしって、溜め息をついた。

「何だよう、もう!全員やるのかよ!僕だけ嫌とも、自信が無いとも言えないじゃないか!」

「セレエ君、無理は禁物ですよ」

「やりますよ、やります。

 ただし、十中八九、僕は直接やり合うのは無理だと思う。サポート要員とか、そういうので」

 ドルメがニカッと笑った。

「決まったであるな!」

 ヨウゼはホッとしたような顔をし、次いで、申し訳なさそうな顔になって、頭を下げた。

「申し訳ない。そして、ありがとう」

 全員の就職先が、決定した。



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