第5話 異世界事情いろいろ

 推定上司は、まず目の前の飲み物を一口飲んだ。味も見かけもコーヒーに似ている。

「私はヨウゼ・ルッソ。警察官です」

「私は外務省のマセリヤ・ハルジャです」

 2人はそう名乗った。

「まずは、皆さんの身に起こった事をお聞かせいただきましょうか。それで、すり合わせていきましょう」

 それで、端から口を開く。

 まずはヒョロリとした男だ。

「僕はセレエ・グラン。学生です。家でテレビを見ていたら急に眩暈がして、気が付くとあそこにいました」

と言い、重ねて言った。

「ここはどこだ。技術は未発達だし、デルザではないのか?」

 どうも、デルザというのは、星の名前のようだ。

「あたしはパセ。メルベレでは警備兼店員をしていたわ。魔法は火属性で、火の玉を撃ち出すのを得意にしていたんだけど、なぜかここでは使えないわね」

 猫耳女がそう言うと、全員が彼女に注目した。

「魔法!?」

 紗希が興奮して聞き返す。

「おいおい、頭大丈夫かよ」

 セレエが鼻で笑う。

「体術も多少はできない事もないし、大丈夫だけど」

「そういう意味じゃねえっての」

「ふむ。魔法か。興味深い。ここより高い技術力というのも興味深いが。

 吾輩はドルメ。コベニクスで竜騎兵をしていた。竜舎を出て歩いて兵舎に向かっていたら眩暈がして、気付くとここにいた」

 皆、竜に反応した。

「竜!!カッコいい!!」

 紗希はまたも大喜びだが、セレエはイライラと吐き捨てた。

「竜!?そんなものいるわけないだろ!竜も魔法も、いい加減にしてくれ!それにその耳!ふざけてる場合か!?」

「そう言われても……」

 パセは困ったような顔をして、耳をピクピクとさせた。

「ここは各々のいた場所とはかけ離れた所だろう。別の世界というべきか。だから、文化や生物学的なものにも常識を疑うほどの差が生じても不思議じゃないんじゃないか」

 篁文はそう言った。それに、全員が目を向けた。

「俺は綾瀬篁文、こいつは結賀紗希。地球という惑星の日本という国で学生をしていた。

 学校帰りに眩暈がして、気付くとあそこに倒れていた。

 日本はここに比較的似ている。魔法はないし、竜もいない。技術力はここの方が少し進んでいそうだ」

「食べ物もかなり似てるわね」

 紗希が追加する。

「ふむ。

 詳しい事はまだ調査が足りないが、基本は綾瀬君の推論が正しいようです。

 先日、科学実験の事故が起こりました。突然研究室の一点が膨張し、次に収縮しました。それが収まったあと、現場には、あなた方とあの化け物、虫などがいたんです」

 ヨウゼがそう言った。

「極小規模のブラックホールとかホワイトホールとかができた?」

 セレエが訊き、ヨウゼが頷く。

「おそらくそうであろうという報告がありました。他の次元が重なり合った次元事故とも呼ぶべき事故が発生し、その重なった狭いポイントにそういった現象が生じ、たまたまそこにいた生物がここに現れたのではないかと」

 スーツ2人以外は、唸った。

「事故……。帰れるんですよね?」

 セレエの問いに、ヨウゼとマセリヤは頭を下げた。

「確率はほぼゼロだと……。申し訳ありません」

 セレエは放心したように椅子にもたれかかって天井を見上げた。ドルメは腕を組んで天井を見上げて大きく息を吐いて、パセは硬直してから忙しく耳を動かしていた。紗希は流石に言葉もなく固まって、篁文の顔を不安そうに見、篁文は軽く息を吐いた。

「ほぼ、予想通り、想定内だな。原因はわからなかったが」

 ヨウゼは、暴れ出したりしないで皆が意外と大人しかったのにホッと安心しながら、言葉を続けた。

「今後の事についてなどは、また改めて説明会を持ちたいと思います」

 それで今回は、解散となった。

 

 それから、聞き取りや被害者間の交流を重ね、色々な事が分かって来た。

 コベニクスという国は、ここより重力が少々高く、気温は少し低かったらしい。周囲の国も含めて地球の中世程度の技術力で、砂漠とサバンナが多い星だったようだ。トカゲの大きなものという感じの竜がおり、各国の軍隊はこれを利用していたらしい。

 デルザは技術力が発達した世界で、皆、体を使う事が少なく、ヒョロリとしているそうだ。寿命も長く、20歳過ぎにしか見えないセレエも57歳で、まだ青年期だ。

 メルベレの世界では魔法は当たり前で、誰もが魔法を使えるらしい。その分、科学技術が未発達なようで、剣と魔法の世界らしかった。

 誰もが魔法を使えるとは言え、凄い攻撃魔法があるとか空を飛ぶとかテレポートとかそういうものではなく、火や水や風を生じさせたりする程度で紗希はちょっとがっかりした。

 そしてここはアクシル。ラクシーという惑星の中の一国らしい。ラクシーが地球と似ていて、生物なども、かけ離れてはいない。

 事故現場で見た、化け物と虫とビチビチしていた大きな魚も異世界生物らしい。

 とは言え、化け物も虫も意思疎通ができないでひたすら人に襲い掛かって来るだけだし、魚というか人魚は、水棲生物らしいので、すぐに死んでしまった。

「ここの重力や大気組成が俺達に合っていたのは、不幸中の幸いだったな」

「そうねえ。ご飯も美味しいし、色んな所に行ってみたいわね!」

 紗希はニコニコとして言い、写真がたくさん載った情報誌を眺めていた。

 篁文はそれにチラッと目をやってから、未完の辞書と幼児用絵本を開いて、辞書の進化を目指し始めた。




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