第4話 変化

 こちらの衣服は、地球の衣服とデザインも手触りも大差ないようだった。篁文は白いシャツと黒いズボン、紗希は白いシャツと黒いスカートを借りていた。どうも着ていた制服のシャツとズボン、スカートに、似たものを選んで渡してくれたのかもしれない。

 学校帰りに眩暈がして気を失い、気が付けば化け物と対峙する羽目になっていた。そしてまた気を失い、気が付けば病室のようなところで軟禁状態にあった。

 2度目の失神は麻酔銃の為で、篁文は紗希に手を伸ばす人物を警戒して紗希をかばおうとしたが、相手も篁文を警戒して、麻酔銃で眠らせたという事だろう。

 1度目の失神については、わからない。篁文と紗希から数メートル離れた人に眩暈が起こっている様子はなかったし、彼らはこちらで目覚めた時いなかった。極めて限定的な何かが起こったのだとはわかるが、それ以上の推察は篁文には不可能だった。

 紗希は、

「異世界転移よ!本当にあるのねえ!」

と喜んでスマホで写真を撮ったりしているが、原因解明に積極的には見えない。

 篁文はルーズリーフに、分かった範囲での日本語とこちらの言葉での発音との対比表を書いていた。

「篁文、マメねえ」

「困るだろう。

 ジョン万次郎も、こういう風に辞書の原型を作っていったんだろうな」

「ああ。成程ねえ」

「いずれは国語辞典を完全にこちらの言葉で置き換えたい」

 鞄に入っている辞書を思いながら言う篁文だったが、紗希は笑ってヒラヒラと手を振った。

「頑張ってねえ」

 やる気はゼロらしい。まあ、篁文もそうだと確信はしていた。

 マルマが入って来て覗き込む。

 なので、指さして、

「ミア、食事。ベルダ、ベッド。オラーデ、みかん」

と書いてある内容を示す。

「おお」

 マルマはわかったらしい。

「ペル」

と、シャープペンシルを指す。

「ペン、または筆記具の事だな。どっちだろう。えんぴつとかもあるのかな。マジックや墨はどうだろう」

 篁文はぶつぶつと呟きながら、ペンかシャーペンか筆記具、と記入した。

 こういう風に、辞書作りは進んで行く。あとは文字がわかればいいのだが。そう篁文は思った。

「篁文は勉強が趣味なの?」

「嫌いではないな」

 紗希は奇人変人を見るような目を篁文に向けたが、ここからいつ帰れるか、2度と帰れるかどうかわからない以上は、これがこの先必要になるかも知れない。篁文はそう思って始めたが、面白くなってきたことも事実だった。


 辞書作成と部屋の中でもできる筋トレや古武道の練習を続けていると、ようやく、動きがあった。

「何?」

 補聴器のようなものを、マルマが持って来た。そして、同じものを自分の耳に付けて見せる。

「付けろって事だな」

 篁文と紗希は、真似をしてそれを付けてみた。

「こんにちは」

「おお!?」

 マルマの声が、日本語で聞こえて来た。

 音声多重で、こちらの言葉も聞こえて来る。

「翻訳機か」

 篁文が言うと、マルマは頷いた。

「自分の母国語で聞こえます」

「凄い!これがあれば英語の授業はいらないわ!」

 紗希が満面の笑みを浮かべる。

「紗希……。

 とはいえ、込み入った内容も伝わるんですか?それに、会話するには、相手もこれを使う必要がありますよね」

「ええ。これを付けていると母国語で聞こえるものの、伝えるには、相手にもこれが必要です。

 それと、これはペットとの意思疎通を目指したものと人間の翻訳機を組み合わせたもので、概念がないものなどや細かいニュアンスは、伝えるのが難しいです」

「成程」

 マルマの説明に篁文は頷いた。

「便利じゃない。これで篁文の辞書もいらなくなったわねえ」

「何を聞いていた。全人類がこれを装着していない限り、これに頼り切るわけにはいかないだろう」

 紗希は雷に打たれたような顔をしていた。

「やっとこれで、説明ができます。

 担当者の所に案内します」

 が、マルマの言葉に素早く立ち直り、ワクワクした様子を見せる。

 篁文も、説明は是非聞きたいところだ。2人はマルマについて、部屋を出た。


 検査のために通った事のある廊下や検査室のある部屋とは違う、別の部屋に入る。

 そこは会議室か何かだろうか。長机とそれを挟んでイスが数脚あり、こちらを向いてスーツの男が2人、こちらに背を向けて男女が3人座っていた。

 手前の空いた椅子を勧められて近付くと、並んでいた3人がこちらを見た。斧を振り回していた大男と猫耳女、ひょろりとした感じの男だった。

「よう」

 大男が笑った。

「どうも」

「こんにちは!」

 篁文と紗希も返し、椅子に座る。

 椅子は、パイプ椅子より座り心地が良かった。

 向かい側の2人はどちらもスーツの男で、片方は中年で柔和な雰囲気、片方は生真面目な表情を浮かべていた。上司と部下だろうか。

 そしてこの部屋の全員が、翻訳機を耳に付けている。

「さて」

 向かい側の2人の内の推定上司が口を開いた。

「お互いに、説明をしましょうか」

 部屋の中は緊張感に満ちた。

 



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