居場所

父を失った息子は妹と共に旅を始めました。


兄は悩みます(魔界源に居場所などあるんだろうか?)と。


妹は兄の悩みに触れません。


召喚した主を『父さん』と呼ぶ悪魔は兄を生かす為に生きています。


(騙された心の痛みを騙した者は癒せない)そう思う妹は兄を生かす楔です。


兄の死は魔界の消滅を意味します。


悪魔を生かす為に魔界は必要不可欠です。


妹を生かす為に兄は死ねません。


(私が居なければ兄は自由を得られる)そう考えた妹は兄と共に別の魔界を目指します。


自身が死なず兄から離れる術は他にありません。


(兄さんを生かす為に召喚した父さんを裏切る罪悪感。それを抱え続けて生きる事が兄さんに対する懺悔)そう考える妹は兄の気持ちを知りません。




否定する魔界を自身が成す矛盾。


父と妹から偽られた実態。


兄の生きる意味は揺るぎます。


知るまでは何故生きるのか? 考える機会などありませんでした。


幼少期に語り聞かされた死すべき悪魔を自身が生かす事実。


それは生きる気力を失わせます。


それでも兄は孤独ではありませんでした。


(この悩みを苦しみを父さんは想定していたから妹を召喚したんだ)そう考えた兄は富を捨ててまで雪山に移り住んだ父の決断を理解します。


(俺が死ねば妹も死ぬ)それは生きる意味と成り得ました。


(死にたい)その気持ちは旅の最中に薄れます。


生きる喜びを兄は知ってしまいました。


生きる意味など考えなかった過去から一変し、生きる意味を問い続けた兄は(魔法教会を裏切り俺を騙してまで生かしたかったのは……)父の気持ちに共感しました。


(今ここに居るたった一人の家族は俺の為に召喚者を裏切ろうとしている)それが何を意味するのか兄は知っています。


召喚された悪魔は上位者ではありません。


召喚士の下位に位置します。


役割を遂行する対価に生涯を得られます。


役割の放棄は召喚士と交わした契約に反するのです。


(妹に待っているのは苦痛……それとも死か)それを知る兄はこの旅が裏切りの旅だと気付いています。


(俺を殺す為の旅……)それが別の魔界へ向かう旅なのです。




よそ者を受け入れる寛容な魔王に統治される第六魔界。


行き場に至った兄妹は決断の時を迎えます。


妹は告げました「私は一人で生きられる。私はもう子供じゃないよ」と。


妹の覚悟を知る兄は考えます(覚悟を決意を兄として尊重すべきか)と。


(旅の終点が来なければ良いのに)終わり行く旅の最中、兄はそう思い始めていました。


死すべき理由が有ろうとも生きたい理由を消し去らないモノが兄にはあります。


(そのモノの願いを叶えるなら俺は死ぬべきなんだろう)兄はそう思います。


兄は告げます「いや、お前はまだ子供だ。贖罪で俺が救われると信じている限りは――な」と。


(兄として妹のわがままに答えるべき)その間違いは息子の意思を無視して生かした父親から死別した後に教わりました。


『罪を犯した自身は苦しむべきだ』その考えが如何に正しくとも律儀に従う義務などありません。


罪悪感が他者を救うとは限りません。


不相応な贖罪はただ――その場を凌ぐ短絡的な手段に過ぎません。




終わり


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