動く魔界

(娘は無事に第六魔界へ行っただろうか?)考えても魔法教会に囚われる男は答えを知り様がありません。


森を出入りする男が捕まったのは第六魔界の魔王へ手紙を出した帰りでした。


魔法教会が魔界に気付いたと察して第六魔界へ助けを求めた手紙が無事に届くことを祈る男は未だ黙秘を続けます。




魔法教会の領土に男が囚われる牢獄を内包する城塞があります。


その城塞を管理する魔法司教は悪魔祓いが逃げ帰った事に激怒していました。


報告書に動く魔界と対峙した出来事を記しながらも尻尾を巻いて逃げ帰った悪魔祓いが『勝てないと判断した』と書いた項目に魔法司教は不満を抱いたのです。


(悪魔祓いが逃げ帰った。その理由が臆したから……など情けない。何のためにお前たちが居るのか、まるで分っていない)そう思う魔法司教は『目的の魔界源は壊した』と言い訳する彼に命じます。


「奴を囮に動く魔界をおびき寄せる。城塞に来た奴を仕留めろ」そう命じられた悪魔祓いは呆れました。


(司教は思い違いをしている。あれは他の魔界と違う)そう考える悪魔祓いは「無謀な方策です」と断言します。


(逃げ帰った臆病者が、また弱音を吐くか)そう思った魔法司教は告げます「貴様に拒否権は無い。ここの長は私だ」。


「準備を始めろ」と締めくくられた会話は対話ではありませんでした。


(言葉で説明できるほど司教はあれを知らない)そう考えた悪魔祓いは(せめて負けない様に準備をしておこう)と消極的な事を考えます。


彼は魔法司教の言う様に弱虫ですが死地を乗り越えている事に間違いはありません。


それをどの様に判断するかは経験の有無でしょう。






(拷問に屈しない男から何も得られない)そう考えた魔法司教は男を囮に使います。


(男の娘を助けた奴なら、その父親も助けようと思うだろう)その予想は的中しました。


第六魔界の魔王へ挑戦状を送り付けてから一週間が経った頃の出来事です。


突然「リリリリリリリリリ」と警告音が城塞の彼方此方で同時に鳴り響きます。


魔道具が発する音は『そこが魔界だ』と告げています。


そう、たった今、この城塞は魔界に存在しているのです。


城塞に居る全員が確信しました(動く魔界が来た)と。




機能している間、警告音を鳴らす魔道具が城塞の彼方此方で鳴り響き標的の位置が絞れません。


音から標的の位置を特定する算段は無残にも崩れ去ります。


魔法司教から「どうなっているんだ!」怒りをぶつけられた兵士は「想定より魔界が広かったのかと」と予想を語ります。


「そんな筈はない! 城塞の外からは報告されていないぞ!」と語気を荒げる魔法司教を落ち着かせようと兵士は思案します。


「それでしたら、城塞の中に居るのでは?」と思い付きを語った兵士は「城塞の門を通ったモノは全て検閲済みだ。怪しいモノなど報告されていない!」魔法司教の混乱は収まりません。


悪魔祓いが『無謀』と言った意味を実感した兵士は彼一人に任せる罪悪感を抱きながらも頼れる人は他に居ませんでした。


魔法司教を宥めながら兵士は祈ります――無事に再会できる事を。




(侵入した方法は分からなくても出口は分かっている)そう確信する悪魔祓いは牢獄の出口で動く魔界と再会します。


対面せず言葉を交わさず奇襲するも手ごたえはありません。


切り付けた幻影は倒す価値の低い悪魔に過ぎません。


悪魔祓いは牢獄へ続く階段から現れる無数の悪魔から標的を見つけられませんでした。


数体の悪魔を殺しても目的は果たせません。


(魔力の低い雑魚を狩っても奴は弱らない)そう思った悪魔祓いは微かなやる気を失います。


(並みの兵士たちに奴は奴を捉えられない)そう考える悪魔祓いは(動く魔界に殺意が無くて良かった)と安堵しました。


突如現れた悪魔の群れに翻弄された兵士たちは必死に悪魔を追いかけます。


追いかけっこをしていた兵士たちは気付きました。


いつの間にか警告音を発する魔道具は一つもありません。


動く魔界は城塞から居なくなっていたのです。


囚われの捕虜と共に。




終わり

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