生きる意味
数年前に第六魔界エクレアへ移住した魔術師と悪魔の兄妹が居るそうです。
妹は創造主たる兄の父から命じられました「我が息子を頼む」と。
一人の少年を生かす為だけに召喚された悪魔は創造主から告げられました「君は今日から私たちの家族だ。私の事はお父さんと呼びなさい」。
脆弱な身体を与えられた悪魔は愚弄された気分を味わいながらも生きる喜びを噛みしめます。
父から何度も聞かされた「誰かの為なら生きられる」なんて言葉に疑問を抱く悪魔は誰かを愛した事などありません。
悪魔が受肉する数か月前に父は兄が魔界源である事に気付いたそうです。
父は兄を連れて人里離れた雪山へ移住したそうです。
「なんで移住するの?」兄の問いに父は答えませんでした。
(何か悪い事をしたのかな?)そう思いながらも父に逆らう術を兄は持ち合わせていませんでした。
魔法の信仰者であった兄は自身が魔界源である事を許容できないでしょう。
「自己否定は自らを破滅に追いやり死すら望むようになる」そう考えた父は自殺を防げる程の生きる意味を作ろうと思案したそうです。
それが家族でした。
「愛する者を殺さない為に生きる」それは富を捨てても成し得たいと思う程の強き意思を抱かせると父は実感していました。
父は兄を生かす為に妹を作ったのです。
兄は「今日から彼女は妹だ」と父から告げられます。
妹が欲しかった兄は喜びます。
幼かった兄は妹が何処から来た何者であるのか深く考えませんでした。
少年が兄に成ってから数年後の事です。
三人家族が暮らす雪山に一人の来訪者が現れました。
雪に消えるコートを着た者は兄の目前で腰に下げた斧を手に取ります。
(なんで)そう思った兄は告げられます「可哀そうな子だ。魔界源を持って生まれたなんて」。
(俺が魔界源……?)そう思った兄は耳を疑いました。
「俺は常人だ。だって……」兄の言葉は「君の側に居る悪魔がその証明だよ」と告げる来訪者の言葉で遮られます。
「悪魔なんていない!」と叫び否定する兄に来訪者は告げます「居るだろう可愛がっている妹が……」と。
「せめて苦しまずに殺してあげるよ」そう告げる来訪者は愁いながら斧を振り上げます。
真実を受け入れがたい兄は不自然な出来事を連想しました。
何処からか食べ物や日用雑貨を持ってくる父と兄離れしない妹。
不自然な日常を指摘する部外者は雪山に居ませんでした。
ふり降ろされた斧を受け止めたのは父です。
見知らぬ剣を持った父を見て来訪者は叫びます「黒魔術師がっ!」
「貴様から殺してやる」そう呟いた来訪者は父と切り合います。
「揺ラス地ヲ」と唱えた来訪者は斧を地面に叩きつけました。
揺れに備えた父は背後から迫る雪崩に飲み込まれます。
身動きの取れない父に振り下ろされた斧は一つの生涯を終わらせました。
斧を抜き歩み寄る来訪者を見た兄は思います。
(魔人は死ぬべきだ――)と。
来訪者は死ぬべき理由を得て諦めた兄の下に辿り着けませんでした。
身体を貫いた刃が死を悟らせます。
「貴様、生きていたのかっ! 悪魔っ……!」死の間際、来訪者は叫びました。
来訪者が誰に言ったのかは明白です。
それは前のめりに倒れる来訪者の背後から現れた妹しか居ませんでした。
「本当なのか……?」その疑問に妹は答えます。
「本当だよ」と。
「今、兄さんが死にたいのは分かるけど、兄さんが死んだら私も死んじゃうよ。だって兄さんは魔界源なんだから」そう告げる妹は何故か悲しげでした。
終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます