魔物の番犬

魔界の数は魔界源の数に等しいと言い伝えられています。


魔王の領土〝魔界〟は魔界源の成長に伴い広がります。


魔界の終焉は魔界源の破壊と共に訪れます。


魔から秩序を失わせる魔界源を許容しない魔法教会は世界が再び魔法秩序で調和される事を望みます。


魔法司教は無秩序な魔を律する魔法こそ世界を守る正義だと語ります。


「魔法教会が語る正義は魔界の非常識」そう語る第四魔界の魔王は強さを追い求めます。


「魔力こそ魔物の魔術師の魔道具の力の根源である」そう語る魔王は魔力を求め殺戮を行います。


殺し食らって得た魔力、計り知れぬ魔力は魔王の器からあふれ出します。


(魔力を失いたくない)そう思った魔王は宿す魔から魔物を作ります。


動かぬ魔物に自衛する術はなく、魔力の塊を盗まれてしまいます。


(奪われたくない)そう思った魔王は宿す魔と盗人に殺された番犬から魔獣を作ります。


魔王から「私の代わりに魔物を守れ」と命じられた魔獣は一睡もせず責務を果たします。


如何なる時も監視する番犬は盗人を恐れさせ、近寄らせなくなりました。





第四魔界の民から畏怖の念を抱かれる魔王は過去の非道な行いから裏切りに怯える日々を送ります。


孤独に苦しむ魔王は「お前と話せれば……」番犬を撫でながら呟きます。


「そうだ!」そう呟いた魔王は魔術で番犬を人間に変身させます。


犬を人間へ変えるには膨大な魔力を要しましたが惜しまず自分の魔力を捧げます。


耳や尻尾を除けば人と遜色ない番犬を我が子の様に可愛がっていた魔王は十数年後――最期の時を迎えます。


愛する主人の最期を看取った獣人は生きる意味を魔物の守護に見出します。


「自由に生きなさい」主人だった人から最後に告げられた言葉が気に入らない獣人は彼の遺品を守り続けます。


獣人に成った時、解任された番犬に戻った彼女は思い出に縋り続けます。


魔王が死した第四魔界は次代の魔王に望む者たちの戦場になりました。


戦場に成ろうとも番犬に守護される魔王城は陥落しません。


次代の魔王が決まらぬまま時が流れ、魔界の破壊者たちが第四魔界に訪れます。


必死に抵抗した民は疲弊し、破壊者を殺し、撃退した番犬も深手を負いました。


白いローブを着た破壊者の襲来はこれで終わりません。


ここが魔界である限り、ここに魔界源がある限り、彼らは来るでしょう。


第四魔界に残るのは廃墟と死体の山です。


主人だった人が築き統べた世界は壊れてしまいました。




襲撃から幾何の時が経ち、第四魔界に一人の来訪者が現れます。


来訪者は番犬に告げました「第六魔界に来ないか?」と。


番犬は耳を疑います。


なぜなら第六魔界は大きな山脈を越えねばたどり着けぬ僻地にあるのです。


魔界から出られない番犬は「冗談ですか?」と問います。


躊躇なく「本気だ」そう答える来訪者は非常識です。


「第四魔界はどことも繋がっていないんだから、魔獣の私はここから出られないのよ」そう語る番犬は嘘つきに怒りを隠せませんでした。


(ここから逃げられるなら大切な宝物を持って逃げたい)そう思いながらも不可能と諦めた番犬は叶わぬ理想を語られて不満を抱いていたのです。


「信じられないか?」そう語った来訪者へ「当たり前でしょ!」と答えた番犬は「仕方がないか」と呟いて歩き出した彼を注視します。


「何のつもり?」そう問うた番犬に来訪者は何も答えません。


城内を歩く来訪者の後を追った番犬は完治せぬ身体で無理は出来ません。



最奥の部屋に浮かぶ魔界源へたどり着いた来訪者は手を伸ばし「空ヲ切ル刃」と唱えます。


死を悟った番犬は「我ガ体ハ獣ニ変ワル」と唱えます。


伸ばされた手先から放たれる風の刃は魔界源を切り刻みました。


魔界の破壊者から受けた損傷は番犬が思うより深く魔界源は壊されてしまいます。


一足遅く獣に成った番犬は間に合いませんでした。


宝物を守れなかった番犬は復讐のために来訪者へ飛び掛かります。


痛む足は言う事を聞かず鋭い爪も鋭い牙も来訪者には届きませんでした。


魔物に生かされる番犬の命は第四魔界の消滅と共に潰えます。


静かにまぶたを閉じる番犬は意識を失いました。




番犬の目の前には見覚えのある部屋です。


(なんで? 死んだはずじゃ?)そう思った番犬は「やっと起きたか」と聞こえた声に驚きます。


その声は冥界にいる主人ではなく魔界源を壊した来訪者のものでした。


「なんで、ここに……居るの?」そう呟いた番犬は「お前が追いかけてきたんだろ」などと来訪者から言われます。


(死んでいない)その事実に気付いた番犬は痛みが消えて獣人に戻っている身体を自覚しました。


(誰かが私に魔術を使ったんなら、それはきっと彼なんだと思う)そう考えた獣人は魔界の外で魔術を使った異常性に気付きます。


「どうやって魔術を使ったの? 私は何で生きているの?」矢継ぎ早に質問した獣人は驚きの答えを聞かされます。


「ここは魔界だ」そう告げた来訪者は「灯レ光ノ玉」と唱えます。


魔術で来訪者の指先に灯された光を見た獣人は受け入れがたい現実に驚きました。




終わり

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