Long Season

 喉が渇いた。

 暗い畳敷きの部屋で雑魚寝していたわたしは、もそもそもと動いて、起き上がろうとする。

 暗がりの中、ぴちゃぴちゃと、猫が水を飲むような音が聞こえる。

 頭が痛い。

 ウィスキィを飲み過ぎてしまったようだ。

 日本産の、角瓶。

 これがまた、おいしいのだ。

 わたし、夢野壊色は、角瓶があれば生きていけると錯覚を起こすほど、ウィスキィが好きなのである。

 頭痛のする頭を起こして、部屋を見渡す。

 すると、互いの顔を下半身に向けあった鏑木盛夏と雛見風花が、息を漏らしながら身体を舐めあっていた。

 ぴちゃぴちゃと音がしていたのはこれだったか……。

 あー、ヤバい。

 これ、わたしは起きれない奴だ。

 喉が渇いたのに。

 でも、恋人たちの邪魔をしちゃダメよね……。

 どうしよう。

 雑魚寝していた、三人のうち、二人が〈致して〉いると、どう動いていいものか、わからぬわたしなのだった。


 ぴちゃぴちゃ身体を舐めあう音を聴き耳立てているわたしは、のどの渇きと頭痛で、吐き気までしてきた。

「あー、もう、無理!」

 立ち上がるわたし。

「あなたたちがなにしてよーが、わたしには関係ないわ! わたしは起きる!」

 起き上がりざま、宣言してみた。

 すると崩れた寝間着をただしながら、行為を中断した鏑木盛夏が、上半身を起こす。

「勝手に起きればいいじゃないの」

「いや、そーだけど!」

 わたしの方が照れてしまう。

 なんだ、この状態は。

「やめちゃうの、盛夏。風花は身体の芯まであたためてもらいたいの。もっと疼きたいのよ?」

 風花も、上半身を起こし、乱れた着衣を戻す。

「壊色、起きちゃったのね。でも風花には関係ないわ。続けましょ、盛夏」

「そうね……」

 盛夏が風花にそう答える。

 続けるんかい!

「わたしはもう帰る。角瓶のボトル、もらっていっていい? 残りは一人で飲むわ」

「風花、笑っちゃうわ。壊色はヘタレなのね。風花たちに混ざればいいのに」

「混ざりません。修羅場るだけでしょうがっ!」

 盛夏は、風花の長い髪を梳きながら、

「あちしたちに混ざってもいいのよ」

 なんて、発言する。

「だが、断る」

 ウィスキィを一口、ラッパ飲みしてから、わたしは鏑木邸……鏑木水館の奥座敷から、出ていくことにする。

「やってられないわ」

「あちしたちはやってられるわ」

「そーいう意味じゃありません!」

 雑魚寝で少し着崩れたデニム・オーバーオールをただして、わたしは盛夏と風花に背中を向け、ふすまを開けて、退出したのだった。







「あー。もう、ほんと、信じらんない! なんなの、あの百合ップルは!」

 怒り露わに黎明地区の夜道を歩くわたし。


 石畳の硬さ。

 おぼろな月。


 百合ップル、というのは、百合なカップルを指す、わたしの周辺で使われるスラングだ。

 まったく、なにを考えているのか、鏑木盛夏は。


「苺屋へでも行くか」

 好きなカフェーの屋号を、わたしは口にする。

 カフェーとは、料理を出すバーのようなものである。

 洋食のほか、お酒や珈琲を出してくれる。

 今の時間帯も、まだ開いているはず。

 そして、苺屋というカフェーには、馴染みの女給、苺屋かぷりこがいる。

 かぷりこのところで飲みなおすのも、アリだろう。

 持ち込みは大丈夫だっただろうか。

 手には角瓶がある。

 えーい、これはかぷりこへの手土産だ。


 わたしはひょこひょことガス灯の明かりを頼りに、歩いていく。

 石畳にわたしの影法師が映る。

 影法師の方が、本物のわたしみたいだ。

 そう思うと少し愉快になって、さっきあったことを、忘れることができるのだった。




 煙草の煙と珈琲の香りが立ち込めるカフェー〈苺屋キッチン〉の店内に入り、まっすぐカウンター席まで行き、座る。

 マスターが目配せすると、かぷりこ嬢がやってきた。

「壊色じゃんか。どーした? 顔が青ざめているぜ」

「これ、手土産」

「角瓶? クッソ高いものをどーもな。もらっておくぜ、男装女子、壊色ちゃん」

「かぷりこ。テンションはいつも通りだな。それが仕事する態度か」

「壊色に言われちゃおしまいだな、あたしも。あっは」

「グラス麦酒を」

「はいよ」

 勘定表にメモすると、奥の麦酒サーバーの方へと向かっていくかぷりこ。

 ひとりになったわたしは、落ち着かせるために、マッチを擦って、ポケットから取り出した紙巻煙草に火をつける。

 紫煙を吐き出す。


「相変わらず、空っぽだねぇ」

 横合いから、コースターをテーブルに置くかぷりこ。コースターの上に麦酒を載せる。

「空っぽ? わたしが?」

 かぷりこはわたしの隣のカウンター席に座り、あはは、と嗤う。

「欠落感がある、って感じじゃない。〈洞〉なんだ。中身がなにもない、空洞なんだよな」

「〈洞〉ねぇ……」

「穴があるから悲鳴のように音が出る、っていうよりも、空っぽの内部が響いて、その大きな空洞の振動で音が出るイメージか、な」

「難しいこと、言うじゃないか、かぷりこ嬢」

「いや、あたしもよくわかんねーけどよ。壊色を見てると、〈洞〉のイメージが強くて」

 わたしは、かぷりこに訊く。

「かぷりこが通っていた、〈幼年学校〉には、そんな奴、ごまんといただろ?」

 かぷりこは人差し指を立て、口元に押し当て「しー!」と、言う。

 黙っていてほしい、ということだ。

「今のあたしは女給。軍とは関係ない」

「ごめん」

「まあ、いいさ。〈あの場所〉にも、確かにいたよ、空っぽだった奴が。大きな〈空虚〉を背負った奴が。今じゃそいつは無政府主義者の首領さ」

「ああ……」

 幼年学校出身で無政府主義者と言えば、大杉幸(おおすぎさち)しか、いないだろう。

 わたしが各地を旅して歩いていたとき、その名をあらゆる地方で何度も聞いた。

 だが、〈あの震災〉で死んだはずではなかったか。

 いや、これ以上の詮索は、今はやめよう。


 紙巻煙草を灰皿に置いたわたしは、麦酒を、ぐいっとあおる。

 グラスが冷えていて、おいしい。


 紙巻をまたくわえて、紫煙を天井に向かって吐く。

「レコードが聴きたいな」

 わたしが言う。

「鏑木盛夏のところで聴けばいいじゃないか。あいつは、音響マニアでも有名だ」

「わたしはたった今、その盛夏のとこからここへやってきたんだ」

「あー、わりぃ。痴話喧嘩でもしたか、壊色?」

「わたしと盛夏はそんな関係じゃない。いや、そもそもあいつが性的にだらしなかったとは思ってなくて、だな」

「お。楽しそうな話になりそうじゃん。聴かせてよ」

「やなこった」

「でも、顔が青ざめてんのは、鏑木の所為か。あっは。傑作!」

「傑作じゃないっつーの」


 空回る。空回る。心が、空回る。

 確かに、わたしの中身は空洞なのかもしれなかった。


「下宿に、帰らなくちゃ、なぁ」

 なんだか、上手く歯車が回ってない。

 こんな時は、下宿の部屋で眠るに限る。


 かぷりこに空っぽと言われたわたしは、その言葉を受け止め、二杯ほどグラス麦酒を飲んでから下宿に帰ることにした。

「角瓶、ありがとね!」

 上機嫌にわたしを送り出す苺屋かぷりこなのだった。








 黎明地区。十王堂高等女学校、寄宿舎。

 わたしはこの寄宿舎で働いている。

 鏑木盛夏が用意してくれた職でもある。

「あ。用務員先生、おはようなのだー」

「え? 先生? あー、うん。えっと。おはよう、朽葉コノコさん」

 生徒から挨拶されたりも、するようになってきた。

「嬉しいのだ! 用務員先生から名前を憶えてもらえたのだ!」

「よかったですね、コノコ姉さん」

「メダカちゃんも早く覚えてもらえるようになるといいのだ!」

「えー。恥ずかしいなぁ。わたしはいいですよぉ」

 笑顔を貼り付けた顔で、わたしは朽葉さんと一緒にいる生徒の名前を呼ぶ。

「大丈夫。覚えてますよ、佐原メダカさん」

 佐原メダカさんは、

「きゃあああああああ! 名前覚えてもらえたあああぁぁ!」

 と、嬌声を上げて、飛び跳ねた。

「えっと。わたしに名前、憶えてもらえて……嬉しい?」

 一寸、不安になる。

「嬉しいですよぉ」

「やったのだ、メダカちゃん! わたしも鼻が高いのだ!」

「わぁい! 名前覚えてもらえた! わたし、名前覚えてもらえたぁ」

 わたしは、

「あはは……」

 と、空笑いする。

 それに、用務員は〈先生〉じゃないんだよなぁ?

「おっす。おはよう、用務員先生」

「おはよう、空美野涙子さん」

「朝っぱらから廊下のモップ掛けか。用務員先生ってのは、大変なんだな」

「……まあ、ね」

 いいとこのご息女が住む寄宿舎だ。廊下もピカピカにしとけよ、って話だ。

 さもなきゃ親御さんにしばかれるのは、間違いない。

 そのうえで盛夏から、なにされるかわかったもんじゃない。

 仕事には励むわよね、そりゃ。

 生徒は朝食を取って学校に向かう時間だ。

 通学してからの時間じゃ間に合わないので、こうやって朝っぱらからモップ掛けしてるってわけ。

 わたしの作業、邪魔っぽいと思うのだが、意外に慕ってくれる生徒さんもいる。

 高等女学校……、たぶん、わたしより勉学ができる生徒ばかりなのだろうけどね。

 それでも、慕ってくれるのは、素直にわたしも嬉しい。


 通学の時間が来て、生徒さんが出払ったところで、わたしは食堂へ行く。

 遅い朝食を、わたしも取る。

 調理師さんに頼んで、朝からカツレツを食べるわたし、……と、もうひとり。

 もう一人の人物は、魚取漁子(うおとりりょうこ)。

 学校お抱えのタイピストだ。

 文章系の清書は、だいたいこの漁子に一任されている。


 漁子は、黙々とカツレツを食べる。

 その真向かいで、わたしもスプーンとフォークを動かしている。


「かぷりこから聞いたわ」

 スプーンの手を止め、いきなり、話しかけてくる魚取漁子。

「鏑木と痴話喧嘩してるんだってね」

「ぶっは!」

 吹き出しそうになる。

「違う違う! わたしと盛夏は、そんな関係じゃないから!」

「なるほど。……それと、大杉幸には近づくな。危険すぎる」

「…………ご忠告、ありがとう」

 魚取漁子もまた、苺屋かぷりこと同様、〈幼年学校〉出身の人間だ。

 かぷりこ、漁子、そして大杉幸。

 この三人の間には、昔、なにかあったのだろうか。

 確か、〈幼年三妖〉と呼ばれる人物たちがいた話は聞いているが、まさか、ね。

「壊色。話は変わるが、最近、生徒の間で電子の机上ロールプレイ遊戯が流行っているのだが」

「電子の遊戯? ああ。コンピュータ・ゲームね」

「蒸気計算機にゲーム基盤を接続してプレイするゲームなのだが。彼女らがゲームで使うため、学校の蒸気計算機の演算処理能力が、落ちている」

「処理速度が落ちてるのかぁ。わかった。寄宿舎に戻ってきたら注意しておくわ」

「悪いな、壊色」

「どーいたしまして」







 魚取漁子とカツレツを食しながら会話した日を境に、だんだん身体が重くなってきて、頭痛もしだして、咳、くしゃみ、鼻水が止まらなくなってきた。

 おそらくは、風邪だ。

 風邪の諸症状なのだが、それが関節痛にもつながり、わたしは下宿・西山荘の部屋から一歩も外に出れなくなっていた。

 一歩も外に出ないで一週間。

 仕事は休むことになった。

 クビにならないことを祈りながら、わたしは床に伏した。

 日に日に酷くなっていく症状に、

「こりゃ風邪じゃないかも」

 と、思ったときにはもう、病院へ行くこともできなくなっていた。


 管理人さんのやくしまるななおさんは、

「あらあら、今年の風邪は大変だって言うものねぇ」

 などと自分のなかでだけ納得し、わたしからのヘルプを受け取ることはなかった。


 万事休す!


 と、思っていたら、部屋の鍵が、ガチャリと開いた。

 お次は、チェーンロックを手刀でぶった切るアクション。

 入ってきたのは、水兎学の私塾・鏑木水館の塾長、鏑木盛夏だった。


 手に持っていた紙袋をグイっと差し出し、

「お薬、持ってきたわ」

 と、不愛想に、言う。

「お薬?」

「あちしの可愛い風花に処方してもらったわ。これで、この場はしのげるはずよ」

 雛見風花。

 そういや、薬学を学んでいたのだったか。

「その場をしのげる、ってのは?」

「そう、壊色が思う通り、これは風邪じゃないわ。薬は滋養強壮に特化している。動けるようになったら、行くわよ」

「は? わたしに動けと?」

「動けるようになったら、って言ったでしょ、バカ。あなた、死ぬ間際だったのよ?」

「マジかぁ。なんか、そんな気はしてた」


 ずかずかと部屋に入ってきた盛夏は、コップに注いだ水と粉薬を自分の口に含み。

 そして、動かなくなったわたしのあごを持ち上げ。

 口移しで処方薬を飲ませる。

「ん、ん、ん、……んく、あっ、……ごくん」

 わたしが薬を飲み込むと、盛夏はそのまま、舌をわたしの舌に絡めて、ディープキスをする。

 長いくちづけだった。


 くちづけのあと、わたしが放心状態でいると、盛夏は台所に立ち、お粥をつくって、わたしに食べさせる。

 わたしも、生きていたくて、必死になって、食べる。



 そのまま盛夏は、三日三晩、わたしの看病をしてくれた。


 けど、それだってきっと嬉しいわけじゃないし…………。


 別に、生きていたいと思ったのはディープキスの所為なんかじゃなくて……。








「〈千筋の糸(ちすじのいと)〉ね」

「千筋の糸?」

「あー、もう、わからずや! 壊色、思い出しなさい! 〈土蜘蛛〉の糸の一種よ!」

 そこで思い出すわたし。

「でも、それは『まつろわぬ人々』としての『土蜘蛛』じゃなくて、あやかしとしての土蜘蛛が操る糸では?」

「今、壊色が動けるようになったのは、わたしが〈術式〉で糸を切ったからよ」

「風邪の強化バージョンだったこれは」

「そう。〈千筋の糸〉は、〈血筋の意図〉でもある。あやかしの土蜘蛛の、血筋の、意図。それは、絡めとって巣に貼りついたところを捕食する本能よ」

「糸を切って、意図を消して、滋養強壮で立ち直った、っていうのね、わたしは」

「急ぐわよ、壊色。あなたの力が必要よ」

「わたしの? 向かう場所は?」

「十王堂高等女学校の寄宿舎。クビにならなかったの、不思議だとは思わない?」

「確かに」

「不可視である〈千筋の糸〉が絡まっているのよ。血筋の良いご息女様たちの『血筋』が、『意図を持って』絡まっているの。複雑に絡まっているから、あなたの力が必要よ」

「わかった」

 クビにならなかったのは、女学校がすでに敵の術中に嵌っているからなのだな。

 だから、わたしまで気が回らなかった、と。


 わたしは浴衣からカーキ服とカーキ・ズボンに着替え、職工風の装いをしてから、盛夏と寄宿舎に向かうのだった。




 寄宿舎の前まで来ると、〈瘴気〉が建物を覆っていた。

「瘴気よ、これ。強力な奴。どうする、盛夏」

「ふゆぅ。壊色。邪眼を開きなさい。〈索敵〉するわよ」

「はいよ。……仕方ないな」


 わたしは唱える。



 …………………。

 …………。

 ……。



 南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)。


 南無高祖承陽(なむこうそじょうよう)


 南無太祖常済(なむたいそじょうさい)



 …………正法〈眼〉藏!!


 ……。

 …………。

 …………………。



 ガツン、と音がして、それからわたしの〈眼〉は〈銀色〉に開いた。


「見えるわ」

「どう見えるの、壊色」

 わたしの銀色の眼は、あやかしを捉える。

「不可視の糸は寄宿舎図書室を中心にして、張り巡らされている。図書室を叩けば、おーけーね!」


「じゃ。あちしがやるべきことは」

 退魔士にのみ持つことを許された緋牡丹の短刀を鞘から引き抜く盛夏。

「短刀〈蜘蛛切〉の出番ね」


 盛夏は〈蜘蛛切〉で十字に空を斬った。

 瘴気が弱まる。

 千筋通っている糸の一部が断線したのだ。

 断糸というより、断線。

 ワイヤーの比じゃない心的硬度。

 


 断線させた盛夏がドアを蹴破る。

 一週間前と同じ建物とはわからないほどの、老朽化をしてたドアは、いとも簡単に蹴破られた。







 盛夏が行く先々で糸を斬り捨てていく。

 わたしたちは進む。

 図書室の場所は、わたしが知っている。

 だから、まっすぐ進む。

 瘴気に満ちた寝室の奥からは、生徒たちのうめき声。

 この分じゃ指導員も倒れていることだろう。

 学校は閉鎖学校状態になっている、という。

 リミットは近い。

 死は近づいていた。



 ……だけど、大丈夫。

「そこを左に曲がった奥の部屋よ。そこが、図書室!」

「入りましょう」


 またもやドアを蹴破り、侵入するわたしと、盛夏。


 そこは、図書室だった……面影がある。

 でも違う。

 巨大化した蒸気計算機が自動増殖していく、〈無機生物〉、言い換えるならば〈知能のついたロボットが自己を肥大化させている最中〉の姿で覆いつくされた部屋だった。


 今も増殖を続ける蒸気計算機だった〈モノ〉。



「絵葉書屋の仕業ね」

 わたしは口をぽかーんと、開けた。

「は? 絵葉書屋?」

「葉書型のゲーム基盤を売っている店があるのよ。地下街に、ね。彼らは、まつろわぬ人々よ」

「ゲーム基盤……」

 そう言われると、あちこちに基盤が刺さっていて、蒸気が噴き出て、それを冷却ファンが冷ましている箇所が随所にある。

「壊色。主軸になっている糸が一本だけあるでしょ。それを教えて」


 わたしは目を凝らす。

「あった! 貸出カウンターのカード入れから繋がってる!」

「これね」

 斬らないで、その糸をわしづかみする盛夏。

 主糸は、粘着しないし、手を斬ることもない。

 盛夏は、手繰った。

 その主軸の糸を。



「見ぃつけた!」



 手繰った先には、巣があった。

「これより〈病巣〉の摘出の〈術式〉を行うわ」


 脇差……その短刀・蜘蛛切で、病巣を切除。


 そこにいたであろう、あやかしの〈魂〉を〈調伏〉させる。


「術式、終了よ」


 あやかしは、

「ピキー」と息を漏らすと、消し炭になって消えた。



 わたしを見て言う盛夏。

「さぁ、逃げましょう。器物損壊で訴えられるわ。ドア壊したし」

「奇遇ね、盛夏。わたしも、ほとぼりが冷めてから、寄宿舎には戻ろうと思ってたところよ。今は撤退だわ」


 寄宿舎をあとにするわたしと、鏑木盛夏。

〈退魔士〉の役割を無事、果たした。



 帰りがけ、盛夏は言う。

「糸が電脳網になっていたのね。彼女たちはゲームのロールプレイの中にいたのよ、ここ一週間と三日、ね」

 そりゃ、計算機の処理速度も落ちる。

 どんだけ接続されていたってんだ。


「悪い奴が、いる。水兎学の考えを否定する者、って意味でね」

 まつろわぬもの、土蜘蛛か。

 今回は小さい虫サイズの、使役されたあやかしに過ぎなかったけど、それを操っている者が、いる。

 操り人形だけでこの始末。

 戦いは過酷になるかもしれない。

 わたしは、そしてこの盛夏が背負ったものは、重い。


 だいたい、地下街って、どこにあって、絵葉書屋とは何者で、なんで十王堂女学校を狙ったのか。

 謎は深まる。



 わたしたちが戦う相手。


 それは。

 朝敵。

 まつろわぬ人々。


 土蜘蛛。


 戦いは、すでに始まっていた。

 静かに。それは静かに、しかし、熱く。


 もう、逃げない。

 わたしは、〈和の庭〉で、戦うことを、決意したのだった。




〈了〉

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