第25話 虚偽なき戦
場所は村長宅へと移す。
村人すべてとはいかずとも、できるだけ多くの人に来てほしい、という旨を伝えておいた。
それでも例えばネーナやその父親などは、自主辞退という形で来ず。
フランキについても「当事者欠席に意味などあるはずがない」と塾長が説得しなければ、村長は家に上げないつもりでいたようだ。
「夜組」の講義で使われている卓を、付いてきた十数名で囲む。その中には現場にいた人々は当然として、サラやフロルなどもいた。
「わざわざ場所なんか変えんでも、あの場でパッと見せてくれりゃーええんじゃないんで? 本当にそんな証拠がありゃーですがね、ええ」
私の体面に座っていた村長が、不満げに鼻を鳴らす。
こちらはそんな挑発に乗らず、粛々と返さなければならない。
「正式な手順を踏んだ書類である以上、複数の事実には異なる証明が必要なのです」
この戦いで重要なのは、一切の嘘をつかないことだ。
口から出た嘘は、そのまま弱点となる。切り返されれば、即座に殺されてしまいかねない。
弱点を一切さらすことなく、反論を叩き潰さなくてはならないのだ。
まして、「でっち上げよう」などという魂胆があれば、勘の鋭い人間は即座に見抜く。
(昔口論が苦手だった、なんてことは。今は思い出さない方がいいぞ、私!)
ひそかに片手でもう一方の手の甲をつまみ、自戒をしておく。
次に、こちらの背後に立っていたゼリア塾長に、村長の方へ向かってほしいと願い出る。
「ゼリア塾長。村長の方に行って、マラーマへの適宜通訳、あるいは事実確認をお願いします」
「? 事実確認、ですか?」
「ええ、厳密には虚偽の確認です。村長の側、村の秩序を守る側に立っていただき、私が嘘を言っていないかを確認してほしいのです」
塾長は首をかしげていたが、ここが肝心の部分だ。
私は次いで、全体へも、もちろん生徒たちにも声をかける。
「みなさんにも、お願いします。私になにか義理など、感じていただかなくとも結構です。村の秩序を考えてください。そして私もまた、あくまでもそれを守るつもりです」
さらに、塾長へと追加の依頼をしておく。
「塾長。そして、できれば、余計な追加などは一切しないでいただきたいのです。村長の貴重な時間をいただいているのですから、訳するときには、逐語訳でお願いいたします」
「……わかりました」
彼女が村長の背後へと向かうと、ここで戦いが始まる。
私は持っていた紙束を机に広げ、中から四枚の紙を村長へと渡す。
「まず、これらの書類を見てもらいます。すべての発行年月日が、火事よりも後のものだとわかっていただけるでしょうか。手に取ってご確認ください。塾長、発行年月日だけで結構ですので、村長に確認を」
渋々受け取った村長が、そしてその背後の塾長が、私の指示通りに書類の発行年月日を確認する。
「それが、どうしたんで?」
困惑してくれればこっちのものだが、ここで余裕など私にはない。
「次に、同じ資料から、これらの書類はすべて『学院』で発行されていることを確認していただきます」
予想していなかった単語だったのか、村長は踏み込んできた。
「『学院』んん? あーたね、ここから『学院』まで、どんだけあるか知ってんでしょーが」
「ええ、私はそこから来ましたのでね」
我ながら際どいが、これも嘘ではない。まあ、こんなところを真偽判定されると困るのだが、本筋に関係がないので塾長も無反応だ。
「なんでこっちで起きた火事に、そんな遠くが関係あるんで?」
「手に取った三枚目の資料に目を通してください。『総督府からの依頼で』、と書かれているでしょう」
村長がめくると、目当ての紙を見つけ、その記述を探そうとしていた。
他方、彼の背後にいたゼリア塾長は目をしばたたかせている。
「ゼリア塾長。私は嘘を言いましたか」
まぶたを開閉させていた塾長だったが、やがて村長の右手にあった紙を指さして、解説をする。
「……いいえ。たしかに、『総督府からの依頼で書類が発行された』とこちらの紙には書かれています。村長、この部分です」
「おお、まあ、たしかに」
場所を見つけてもらった村長は、わずかに眉を寄せていた。
次に出てくる質問次第で、勝負は決まる。そういっても、過言ではない。少なくとも、戦いを続けられるかどうかが。
「ありがとうございます」
「だとしても、あーた、火事の犯人が。どうして学校なんかに関係あるんで?」
その認識はありがたいことだ。
「学院」を学校以上と捉えない。彼がそんな実利主義者であることを、今ばかりは心より感謝したい。
「『学院』はその原初、つまり都市国家であるよりも以前の古代、司法や法務に関係する施設だった時期があります」
厳密には古文書と薬学研究から始まり、そこから古代国家の思惑で法学と医学が発展し、やがてその国家が滅ぶと同時に独立。
あとはネーナたちにも説明したように、モロン帝国に吸収されて今日に至る。
しかし、嘘ではないのだ。
塾長に視線を送ると、村長も振り返る。
「はい、そう理解していますし。なんなら村長、こっちの紙にしっかり書かれています」
そして、彼女はさらに続けてくれる。
(も、申し訳ないけど、それはちょっと……)
ねじれた話だが、現在の彼女には中立でいてほしい。
味方であると、かえって困った結果になりかねないのだ。できれば、村長よりの立場でもいてほしいぐらいで。
「えー……『学院』は元来、法律を? なので、時にさい、裁判、また、犯罪者を収容もできる?」
「そうです。つまり、他所で犯罪を犯した人間が『学院』で収容、独自に量刑を受けることもありえるというわけです。なにより、ここは帝国領。ここでの犯罪は、帝国によって裁かれてしかるべきでしょう。ならば、帝国にある司法機関で犯人が裁かれていても、おかしなことではありませんね」
この「司法権の分裂」は帝国が抱える非常に大きな問題で、正直なところ、考えるほどにまずい話ではあるが。
もちろんそんなもの、この場では一切語る必要がない。
「ええ、まあ、ええですがね。けどねえ、そんなもん、でっちあげようたって、そうはいきゃーせんよ。なんの証拠もなしに」
ようやく、村長はまともに疑ってくれた。
そうだ、それでいい。この状況で、でっち上げるかもしれない、と疑われたことは、こちらに有利に働く。
「それを、目の前に広げているのです」
「はあ?」
「こちらで野盗が暴れまわっていたのをご存じでしょうか?」
「野盗? いえ、聞いたこともないですがね」
村長は首を傾げだす。
意外な部分で目論見が外れたが、十分に修正可能だ。内心、ひやりとはしたのだが。
「それは幸運でしたね。しかし、こちらの書類によると、総督府の把握している限り、被害が年々広がっているそうです」
村長が手に持った資料を離さないので、彼の眼前へと、机で重なり合った紙の一枚を差し出す。部分的に隠れてはいるが、見てほしい部分には差し支えないだろう。
「まあ、ガラの悪そうなやつらが、しょっちゅう来ますからな、どっかの酒場のせいで」
と、村長はここに来ていないネーナたち親子を、暗に批判し始める。
(まずい、妙な飛び火をしかねない……!)
偏見は厄介なものだ。どこかをつぶせば、また別の方向へと噴出するかもしれない。
ただ嘘をつかないだけでなく、できれば叩ける隙を消してしまわなければ。
(慌ててはいけない。とにかく、ここは集中しよう)
ただし、こちらも、隙を見せてはいけないのだ。
今のところ順調そうではあっても、手汗をひそかにぬぐうだけで精いっぱいだ。
「そんな野盗の一人が、アザ村で盗みを働いたと白状したのです。その上、盗んだもので犯罪を行ったことも」
「え……!?」
「こちらです。ゼリア塾長、その個所を指をさしてくれませんか」
もう一枚の調書を、やはり同じように村長の眼前へと滑らせていく。
そして、それとなく顔をゼリア塾長に向けると。
赤髪の女性は、真顔で私を見下ろしていた。
「……ちッ」
(し、舌打ち!?)
挙句、一切顔を変えずに舌打ち。
演技や演出、にしては、本当に気にくわないような態度だ。
(完全に手の内がバレている。まあ、当然か)
彼女をこんな罠にはめられないのは重々承知だ。
問題は、ここで塾長がどう動くかだが。
「はい、事実ですね。この男は、アザ村で盗みを働き、その道具で犯罪を行ったとまでしっかり明記されています」
塾長はしかし、きちんと真偽を判定してくれた。
「こ、これは……たしかに、アザ村と書いてある。いくつも盗んだ、とも。しかし、馬鹿な。じゃあ、油を盗んだのは、こいつか?」
村長は目を丸くし、証明書を持ち上げてまじまじと見つめだす。
そこから目をそらした彼は、私に次の疑問を投げかけてきた。
「じゃ、じゃあ、その男は今、捕まっていると? 『学院』で?」
「『学院』によると、オー・ケスタという男の身柄を確保しているとのことです」
紙を渡してみたが、村長は別の部分に引っかかりを覚えたようだ。
「オー・ケスタ? 妙な名前ですな」
「山賊内では別名義ということも珍しくないでしょう」
すると、ゼリア塾長が口を挟んでくる。
「それはいくらなんでも、真偽不明瞭ですがね。が、広大な地域を股にかける悪党であれば、たしかに別名義の一つや二つはおかしくありません。地域ごとに変わるでしょうし」
最終的には同意してもらえたが、眼光はとてつもなく冷ややかだ。古い伝承の「蛇の目」でもあれば、この場でゴミのように殺されていたかもしれない。
(う、これは怒ってるな……)
上司である女性に心底軽蔑されていたとしても、目の前の戦いはまだ終了していない。
「しかし、なんだってまた、『学院』に?」
「この書類には、私も驚いてしまったのですが。なんと火事のあった月からこれまでの間に、『学院』内に一人で盗みに入ったそうです」
新たな書類を差し出すと、真偽保証人は素早い舌打ちを五度、それから怒り心頭とばかりに該当箇所を指さす。
「『学院』に窃盗があった、というこの部分は疑いようのない事実です! そして盗みに入ったそいつは、しっかり『学院』に確保されていますね!!」
村長は背後の女性がなぜ声を荒らげているか、まるで気が回っていないらしい。
「じゃ、じゃあ、こっちで火事を起こして。逃げているうちに、『学院』に入り込んだ? な、なんですか、そりゃ……」
「まだ、おわかりではありませんか? だれが犯人で、だれが犯人ではないか」
私は村長に静かに語り掛ける一方、その後ろを見ても表情に出さないように努めていた。
声には出ておらず、村長も目にしてはいなかったが。
「は?」というのが唇の動きから読み取れ、私はいくらか気圧されていた。本気で怒ると、怒鳴るよりも静かになる人だったようだ。
(べ、別の戦いをしている場合ではない、ではないぞ、私!)
手の甲をつねり、塾長の怒りから目をそらす。
村長は混乱して唸りながらも、冷静に反論をしてきた。
「む、むう、しかし。だったら、そいつの顔でもおがませてもらわんことにゃ……」
犯人がいれば、その存在を確かめたくなるのは人情だ。
だが、人情だけで回っていないことは、村長が私以上に知っていることだろう。
「『学院』で量刑が下されれば、面会すら困難となるでしょう。情状酌量という概念は、あの場所にはありませんので。帝国につかまった方が、時には有情かもしれません」
「……えー、後半。アレクサ先生による、極めて私的な感傷が入りましたが。それはさておき、嘘ではないですね。ええ。面会希望なんて伝えれば、仲間と疑われて、なんてことも十分に」
ゼリア塾長はやや適当な返事になっていたが、これにも虚偽は一切ない。帝国と「学院」での刑罰、どっちがマシなのかは、いくらか議論の余地があるとしても。
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