第3話 厄介な歓待

 家の中で私はなぜか、ありったけの料理を振舞われていた。

 わけもわからないのに馳走になるわけにはいかない。そう告げて何度も突っぱねようとしたのだが、そのたびに男性の方から現地の言葉で早口にまくし立てられ続けた。


 おそらく「いいから、いいから、どうぞ召し上がって」といったことを言われているのだろう。

 表情や態度からして善意からの行動らしいが、度を超えるともはや脅迫と同じだ。


 よもやこれは宿屋でたまにやられる詐欺と同じものではないか、と途中で気が付き、私は勝手に青ざめてしまう。

 おかげで、後から代金を請求されはしまいかと、味を感じなくなるほどに心配する羽目になった。


 この中年男女が夫婦というのは、とりあえず間違いがなさそうだ。

 女性の方がどんどん料理を作って運んでくるが、人手が足りなくなったのか、新たに若い娘を呼んできた。


 すると、女性を手伝いに行こうとした娘を中年男性が呼び止め、私に紹介してくれる。


「娘です。我々の。名前は、マーリャ」


 男性がゆっくりと区切ってくれたおかげで、私にも慣れない言葉を理解できた。


 マーリャという三つ編みの娘は、非常にうつろな表情をしていた。一応私を視認はしているようだが、どことなく反応が遅い。それでも両親から挨拶するように言われ、ぺこりと小さく頭を下げた。


「よろしく」


 なぜか直後に、父親が軽く叱りつける。


「よろしく、お願いします」


 マーリャは挨拶をやり直し、再度、頭を下げる。

 父親が叱ったのは、「丁寧語で言え」だとか「身分を考えろ」という話なのだろう。後半に単語が加わったのは私でもわかった。


 ここまで来ると、おおよそ両親が私を歓待している理由もおのずとわかる。そして、そもそも不安で味を感じなかった料理が、今度は逆に苦くなってくる。


「娘は……の生徒でしてね」


 予想通りだ。正確に聞き取れなくとも、前と同じ単語が入っていた。


 となると、「どうぞ、ひいきにしてくれ」というつもりだろう。気が付くのが遅れたとはいえ、料理を食べるべきではなかった。


 それから私はしきりに、塾長を呼んでくれ、という意思を強く伝える。この場にいるのは危険だ。ここで迂闊な約束でもしてしまうと、後々厄介ごとに発展しかねない。


 夫婦は多少は抵抗するかのようだったか、言葉の壁に耐えられなくなったのか、ついに私の要求を呑んでくれることになった。


 そして家へと、新たな人物が入ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る