第2話 余所者先生

 新たな職場には、竜車を乗り継いで一か月ほどの旅路となった。

 山あり谷あり、危険あり……という覚悟さえしていたものの、道中では特になにも起きていない。


 単に確率論でしかないが、学院専属を頼めたのは大きかったかもしれない。


「ありがとう。……君も、いい竜だね。乗り継いだ中で一番快適だったよ」


 乗用竜車の御者と、四足竜にお礼を言って、私は目的の村へと進んでいった。

 できればもっと離れたところで降ろしてもらいたかったものの、御者によれば「学院から叱られる」のだとかで、かなり近づいてしまった。


 村の中に入ると、すでに警戒は高まっていたらしい。十名ほど集まっていた住人が、いぶかるようにこちらをジロジロと見つめていた。


 なるべく服装も、(清潔感を失わない程度に)粗末なものにしておいたのだが、帝都から来たということがそれとなく伝わっているようだ。


「あの、すみません」


 とりあえず場所を尋ねようと声をかけると、大半がいそいそとその場を離れ始める。


 予想はしていたが、それ以上だ。こんな絵にかいたような「閉鎖的な田舎」なんて、本当にこの世界にあるとは。


 と、そこで自分の失態に思い至る。

 ここはたしかに帝国領ではあるが、ほぼ国土の縁に近い場所だ。帝都嫌いという以上に、これはおそらく。


「ええっと、こっちだとマラーマだよな……。復習はしてきたけど、苦手な方だなあ。『あノ、ずびばぜん』」


 片言のマラーマ語でどうにか語りかけると、二名ほどがこちらに興味を示したらしかった。中年を超えたあたりに見える女性と、男性だ。距離感からして、夫婦だろうか。


 我ながら恥ずべき失態だ。帝都生まれでもないくせに、無自覚に帝都民ぶっていたということか。


「ええと、塾ってなんて言うんだっけか……。うーん、『ガッコウ。私的なガッコウ、知らないですか?』」


 二人は首をかしげていたが、やがて女性の方がぽんと手をたたいた。


「あんた……の新しい先生かい?」


 肝心の単語が拾えなかった(歯間音らしきものだけは分かった)が、ほぼこれで正しい解釈だろう。

 こういう時、学院時代の友人が恋しくなる。奴さえいれば、マラーマどころか帝国中、下手をすれば遠い異国の「異常文法」だって解釈できるはずなのに。


「そうです」


 私がそう返すと。

 中年の男女はどちらも破顔一笑、急に私の手を取って、なにやら早口でまくしたて始める。


「$%#! $%#!」

「%0!0ちりりちみかちに!」

「え、ええと」


 単語どころかおおまかな内容も拾えない。

 現地話者の速度などたしかにこんなものではあるのだが……。

 特にマラーマは単語同士がつながる(例えば「その猫」は本来は「ルェ・ムラート」のはずが実際は「ラマルト」と発音する)という厄介な性質もあり、速度が上がると難解さが爆発的に跳ね上がる。


「あ、ちょ、ちょっと!?」


 夫婦らしき二人は、そのまま私の手を取ると、強引に近くにある家へと連れ込み始める。抵抗する暇もないまま、私はその一軒家に上がり込むことになった……。

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