第17話 渋谷スクランブル交差点、大パニック

「シャンコシャンコシャンコ、シャシャンがシャン!! 手拍子揃えてシャシャンがシャン!!」


 太一がトランス状態で盆踊りを踊っていたところ――。

 異変が起きた。

 すべてのパブリックビューイングの映像が、プツリ、プツリと消えていく。

 広告看板の照明、窓明かり、街灯にいたるまで、光という光を失っていく。

 ネオンで彩られた渋谷スクランブル交差点が、まるで停電したかのように漆黒の闇に包まれた。

 今やそこに残された光源は、炎上を続けるバスのみだ。

 しかし、その炎の色が、わずかにグレーのコントラストを伴っている。

 それが意味することは、結界を張られたということだ。

 つまり――。

 妖魔獣の登場である。


「俺が勝利を確信したとたんフラグの成立かよ! あのクソ金魚、やってくれるじゃねーか! おいピーちゃん! どこにいる!」


 太一は頭蓋骨が爆発しそうな勢いでピーちゃんに呼びかけた。

 こうなってはもう、ケツの穴に爪楊枝をぶっ刺してやるほかはない。

 すると――。


『妖魔獣の出現はボクのせいじゃないよ』


 太一の頭の中にピーちゃんの声が聞き届く。

 テレパシーのようなもので交信しているらしい。


「つーか、おまえ今どこにいるんだよ!」

『クイーンエリザベス号のプールの中だけど』

「俺たちがこんな目にあってるのに、ずいぶん豪華な船旅してるじゃねーか!」

『まあね』

「まあねじゃねーよ、このセレブクソ金魚! そんなことより、早く俺たちに魔法少女の力を与えろ!」

『やだよ』

「もう一回だけ訊くぞ! これで最後だからな! 本当に最後なんだからな!」


 太一は三つ指をついて土下座し、アスファルトにオデコをぐっと押しつけた。

 そして、ご慈悲を賜りたく願い奉る。


「この宇宙で一番かっこいいピーちゃんさま! どうか俺たちに魔法少女の力をお与えてください! よろしくお願いしますッ!」

『やだね』

「ピーちゃんなんてもう知らない!」


 太一は裏声でピーちゃんとの会話を拒絶。

 旦那のビンタで倒れ込んだ女房の姿勢で、手にした架空のハンカチを噛み締めた。

 なんかもう、旦那の浮気に泣かされっぱなしの女房の心境だ。

 しかし、今はメソメソしている場合ではない。

 結界を張られた以上、幼魔獣との戦闘は避けられないのだ。

 太一はすくっと立ち上がり、三百六十度に視線を巡らせた。

 敵はどこから襲ってくるのか。

 そしてそれはどんな姿をしているのか。

 その確認を急いでいたところ――。

 四方を囲むすべての機動隊員が、交差点の中心に向かって後ずさりをはじめた。

 彼らは幽霊でも見たかのように震える声を漏らし、じりじりと輪を狭めてくる。

 その視線の先は、井ノ頭通りや道玄坂下、宮益坂下など、交差点に繋がる幹線道路だ。

 太一はスケルトンの視野を利用し、結界の外方向、その暗闇に目を凝らす。

 すると――。


「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」「わーわーわー」


 何千というおびただしい人の群れ。

 それが歓喜の叫びを海鳴りのように轟かせ、ハイタッチをしながら機動隊を追いやっていた。

 そんな群衆の服装だが、一般的な外出時のものとは違っていた。

 サッカー日本代表のユニフォームを着た者たち。

 魔法使いやピエロなど、ハロウィンと思しき仮装をした人々。

 そんな奇抜な格好をした群衆が、入り乱れるようにハイタッチを繰り返している。

 さらに驚くべきことは彼らの面相だ。

 男女とも瞳が不気味に発光し、上顎からはドラキュラのような牙が生えていた。

 妖魔獣の正体――。

 それは渋谷スクランブル交差点でバカ騒ぎをする群衆にほかならない。

 太一はそれを見てすかさず動く。


「みなさんは日本代表のチームメイトです! 警察からレッドカードを受けないようにお願いします! イエローカードはありません! 一発レッドの逮捕です! ハロウィンの仮装のみなさんもルールを守りましょう! 家に帰るまでが遠足のように、みなさんも家に帰るまでルールを守ってください! ちなみにカボチャはおやつに入りません!」


 太一はDJポリス作戦に出た。

 手にしたあばら骨をマイク代わりに、周囲から押し寄せる群衆に注意を呼びかける。

 相手は妖魔獣だが人型タイプ、渋谷スクランブル交差点で狂騒狂乱大フィーバー。

 この場においてはDJポリス作戦がもっとも有効だ。


「兄貴! 妖魔獣相手にDJポリスが通用するかよ! それに人型の妖魔獣は牙で精気を吸い取るんだ! このままじゃ機動隊の人たちが殺されちまう! 妖魔獣に殺されたらこの世から存在が消滅しちまうんだぞ!」


 里奈は切羽詰まった様子で機動隊を指差した。

 それを聞いて太一はフェリーでのことを思い出す。

 あそこにいた乗客たちも、木の化け物に存在を消されるところだった。

 今回もそれと同じように、機動隊の人たちに危機が迫っているのだ。

 とはいえ、逃げる場所がない。

 何千という群衆は、交差点の中心に向かってアホみたいに集まってくる。

 中心にいるのは二年A組のスケルトンであり、機動隊は板挟み状態となっていた。

 そもそも、結界の中にいる時点で逃げ場がないにも等しい。


「この化け物たちはいったいなんなんだ! 我々は夢でも見ているというのか!」


 機動隊の指揮官は自分の役割を完全に見失っていた。

 ほかの隊員と同じく恐怖に怯え、なすすべもなく右往左往するばかりだ。

 太一とて彼の気持ちはよくわかる。

 スケルトンだけでも未曾有の非常事態、そこへきて、ハイタッチをする化け物がワラワラと押し寄せてきたのだ。

 指揮官がムンクの叫びの表情になるのも無理はない。


「うああああああああああああ!」


 そこへ機動隊の一人が妖魔獣からの攻撃を受けた。

 叫び声を上げる彼の喉元に、妖魔獣の牙がグサリと突き刺さっている。

 牙を突き刺しているのは、三角帽子をかぶった魔法使いのお姉さんだ。

 隊員は精気をどんどん吸い取られ、その顔が干からびたように痩せ細っていく。

 即身仏になるのは時間の問題かと思われた。

 瞬刻――。

 パーン! と乾いた銃声が鳴り響く。

 別の隊員が仲間を助けるために銃を抜いた。


「わーわーわー」


 しかし、お姉さん無敵。

 眉間に銃弾を受けて一度は倒れるも、すぐに起き上がりハイタッチをはじめた。

 弾痕からの出血もない。

 ひとまず、襲われた隊員の命は辛くも助かった。


「そこはやめてくれえええええ!」


 また一人の隊員が襲われた。

 なんと、彼の股間に妖魔獣が牙を突き刺している。

 ナース服を着たその化け物は、とてもエッチな姿勢で隊員の精気を吸い取っていた。

 だがナース服を着ているのは、ずんぐり体型の脂ぎったおっさんだ。

 そしてこのおっさんも無敵。

 複数の機動隊員が警棒で応戦するが、頑なに精気をチュパチュパと吸い続けていた。

 このままでは襲われた隊員のチンコが危ない。

 いや、命が危ない。

 そんなところに――。


「オラオラ! 邪魔だ邪魔だ! てめーら全員そこをどきやがれ!」


 我らがサイコパス、音無静香だ。

 両手に包丁を持つ彼女は、鬼ババの勢いで妖魔獣のおっさんへ猛突進。

 そして敵にドロップキックをかまし、馬乗りになって二本の包丁を振り上げる。

 ここで太一は目をそむけた。

 おそらく、ここから先はとんでもなくグロい展開が待っている。

 とりあえず前線に機動隊がいると危険だ。

 ならば二年A組のスケルトンが機動隊の盾となるほかはない。

 妖魔獣に精気を吸い取られたとしても、スケルトンは元から即身仏なのだ。

 それに敵は人型の妖魔獣。

 魔法少女の力がなくとも、それを倒す方法がないわけではなかった。

 成功するかはやってみないとわからないが、試す価値はじゅうぶんにある。

 ゆえに太一は行動に出る。


「指揮官のおっさん! あんたら機動隊は俺たちとポジションを入れ替えろ! 俺たちスケルトンが前線に立って戦う!」

「そんなこと無理に決まっている! 我々五百名の機動隊がなすすべもないのだぞ! それなのに、この何千という化け物にどう立ち向かうというのだ!」

「それを説明してる時間はねーんだよ! 死にたくなかったら早くしろ!」

「君を信じていいのだな!? 本当に信じていいのだな!?」


 その問いを受け、太一は大きく息を吸い込んだ。

 そして、ありったけの声を振り絞って言い放つ。


「俺は桃色吐息学園、二年A組、出席番号一番、青島太一だ! 俺はクラスの仲間と一緒に幾多の試練を乗り越えここまでやってきた! 今回だって必ず乗り越えてみせる! だから俺を信じろ! 俺の仲間を信じろ!」


 現場が動乱を極める中、太一と指揮官を結ぶ空気に静寂が訪れた。

 それはあくまでも感覚的なものだが、互いの意思が通じ合った瞬間を意味した。

 太一は右拳の骨を固く握り、前方へぐいっと突き出す。

 指揮官はこくりとうなずき、警棒を待避場所へと振り下ろす。


「全隊員、交差点の中央へ退避! 退避ィーーーーーーーーーーッ!」


 指揮官の命令が甲走る。

 その力強い声に隊の指揮系統が復活、全隊員は炎上するバスを中心に退避した。

 彼らは横数列の円に構え、ポリカードの盾を外に向けしゃがみ込む。

 いっさいの敵を寄せ付けない鉄壁の防御だ。

 そんな機動隊と入れ替わり、二年A組のスケルトンが前線に躍り出た。

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