第16話 One for all, All for one

 作戦『花園』。

 太一の出した指示を受け、クラスのみんなは頭蓋骨をカポッと外した。

 そしてラグビーボールのように頭蓋骨を抱え、機動隊を追いかけるように走り出す。

 これが作戦『花園』である。

 

「一人はみんなのために! みんなは一人のために! 残された時間を燃焼しろ! そこにおまえの命の輝きがあるんだ!」 

 

 太一も自分の頭蓋骨を脇に抱え、わかる人にしかわからないネタを叫び機動隊を追いかけ回す。

 

「うああああああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああ!」

「ひええええええええええええ!」


 機動隊は心底恐怖したらしく、彼らは我先にと転がるように退避した。

 日ごろから訓練を積み重ねた機動隊ですら、リアルの怪異に恐れおののいている。

 スケルトンが一体ではこうはいかなかった。

 二体、三体でも無理だったかもしれない。

 四十体というクラス全員の力があってこそ、この秘策は最大限のインパクトをもたらすのだ。

 それでもまだ安心とは言えないので、太一は次の作戦を決行することにした。


「みんな! 作戦『オバンバ』だ!」


 その指示により、クラスの全員が頭蓋骨をカチャリと装着。

 本来の姿に戻ったところで、みながアスファルトの上にうつ伏せとなる。

 そして腰の骨を両手で外し、上半身だけの状態で地面をじりじりと這いずり回った。

 これが作戦『オバンバ』である。

 このネタを知っているのは昭和世代ぐらいのものだが、太一はなにかと昭和に精通しているのだ。


「うぎゃああああああああああ!」

「ぎええええええええええええ!」

「母ちゃあああああああああん!」


 機動隊の統率力はすでに瓦解した。

 彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、中には腰を抜かして動けない者もいた。

 パブリックビューイングの女性アナウンサーも大変なことになっている。

 スタジオの椅子からひっくり返って泡を吹いて失神。

 スカートがめくれパンツが映し出されたところで、『しばらくお待ちください』の画面に切り替わった。

 ひとまず作戦は成功だ。

 太一は仲間に骨を繋ぐよう指示を出し、再度、炎上するバスを中心に陣形を整える。

 そんなとき――。


「ワン! ワン! ワン!」


 警察犬と思しきドーベルマンが牙を剥いて襲いかかってきた。

 太一は逃げることなく立ち構えた。

 スケルトンに痛覚はないので、警察犬ごときへっちゃらだ。


「ガウ!」


 警察犬は太一のすねの骨に噛みついた。

 獰猛に唸り声を上げ、食い千切らんとばかりに頭を左右に振っている。

 太一は両足を踏ん張りその猛攻に耐えた。

 こうなったら警察犬との我慢比べだ。

 すると――。


「ワ、ワウ……?」


 警察犬は噛みつくのをやめ、犬自身の前脚を見る形でたたずんだ。

 すると、筋肉の浮き出た黒い短毛が、霞むようにして消え去っていく。

 表皮から順に内蔵も失われ、警察犬はスケルトン犬になってしまった。

 太一に噛みついたことで、呪いが伝染したのだ。


「おい、おまえ。普通の犬に戻りたいか?」

「ワ、ワン……」


 警察犬は太一の問いにうなずいてみせた。

 尻尾の骨を丸めてお座りし、攻撃色はとうに失せている。


「なら俺たちとここにいろ。わかったな?」

「ワン……」

「飼い主のところに帰るんじゃないぞ?」

「ワン……」

「せっかくだから名前をつけてやる。おまえは今からポチだ」

「ジョン……」

「ジョンじゃない。おまえの名前はポチだ。わかったら返事しろ」

「はい……」

「はいじゃなくてワンだろ。犬のくせに舐めた口きくんじゃねーよ」

「ワン……」

「よし」


 太一は手にしたあばら骨を使い、警察犬の頭蓋骨をコンコンと叩いた。

 よく響く頭蓋骨だ。

 よほど頭の悪い犬なのだろう。

 それはそれとして、見せしめができた。

 このようにスケルトンは伝染するのだ。

 これで政府もうかつに手は出せない。


「よく聞けよ! まだ武力行使に出るっていうなら、あんたら全員、スケルトンにしちまうからな! 俺たちにはそれができるんだ!」


 太一はこちらが優位であることを知らしめた。

 もちろん、実際にスケルトン伝染を武器にするつもりはない。

 こうしてブラフを吐くことで、じゅうぶんな抑止力に繋がるのだ。

 とはいえ、これまでの作戦はホラー要素が強すぎた。

 パブリックビューイングのテレビ映像では、『心臓の弱い方はテレビを消してください』などと、テロップで注意を呼びかけている。

 お年寄りであれば、あまりの恐怖でポックリ逝ってもおかしくはないだろう。

 だから太一は次の作戦を決行することにした。


「みんな! 作戦『スケルトン盆踊り』だ!」


 太一の号令のもと、炎上するバスをやぐら代わりに、みんなで盆踊りを披露する。

 シャシャンがシャン。

 手拍子揃えてシャシャンがシャン。

 こうして日本の古き良き文化をお見せし、世間に与えた恐怖心を和らげるのだ。

 ちなみにこれは北海道子供盆踊りである。

 ある意味、道民のソウルダンスと言っても過言ではない。


「兄貴、うまくいったみたいだな」

「太一、朝までなんとかなりそうね」

「フフフ、異世界のゲートがひらかれるのが楽しみだ」

「ワワンがワン」


 まるで勝利を確信したかのように盆踊りを踊る、里奈と佳織、律子先生にポチ。

 ほかの生徒たちも、「やったー! これで人間に戻れるぞー!」などと、余計なフラグを立てている。

 中には結婚を誓い合い、死期を早めるバカップルもいた。

 そんな愚か者どもをよそに、太一は兜の緒を締めて戦局を注視した。

 機動隊のパニックは少し落ち着いたらしいが、武力で制圧してくる気配はない。

 スケルトン伝染を目の当たりにし、彼らは二の足を踏んでいるのだ。

 一番気がかりなことは、国防を担う自衛隊の出動である。

 もし政府が軍事力に打って出れば、百パーセント勝ち目はない。

 ゆえに自衛隊が出動した時点で敗北が決定、スケルトン星で余生を送るはめになる。

 とはいえ、政府がその判断を下すのはまだ先のこと。

 保護者の反対もあるだろうし、朝まで持ちこたえるための時間は稼げるはずだ。

 それらのことを踏まえると、この戦い――。


「俺たちの勝ちだぜーーーーーッ!! ヒャッホーーーーーイ!!」


 太一は盆踊りを狂ったように舞い、誰よりも勝利のムードに酔いしれた。

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