渋谷スクランブル交差点

第15話 最終決戦

 バスが40キロのスピードで交差点に近づいていく中、生徒の全員が制服を脱いで骨格をさらけ出した。

 これより先、制服はおろかパンツもいらない。

 人間に戻るためには、全身の骨格に月の光を浴びる必要があるからだ。


「皆の者! 準備はいいか! 渋谷スクランブル交差点は目の前だ!」


 律子先生はクラスの尻を叩くように声を張り上げた。

 そんな彼女も運転しながら衣服を脱ぎ捨て、全骨格を露出させた。

 そしてバスは南方向から北へ進み、かの有名な忠犬ハチ公を右手にして交差点へ近づいていく。

 いつもテレビで目にするその場所は、人がごった返す様子は微塵も見られない。

 警察の規制により、周辺の歩行者や一般車両が、完全にシャットアウトされていた。

 とはいえ、それは一般人に限ってのことである。

 交差点入り口の両脇には、盾を構える機動隊が集結し、物々しい雰囲気が漂っていた。

 そのような状況の中、バスは交差点へ進入しつつ緩やかに速度を落とし、メーター表示が31キロあたりを指し示す。

 もちろんバスには爆弾が仕掛けられている。

 スピードが30キロを下回れば爆発だ。


「今だみんな! 脱出するぞ!」


 太一の合図とともに全員が窓から飛び降り、スケルトンの集団がアスファルトに転がった。

 その衝撃で何人かの頭蓋骨が外れはしたが、生徒らが助け合い骨格を迅速に復元、すぐにでも動けるよう体制を整える。

 そして無人となったバスが慣性的に減速し、交差点のほぼ中央に進んだそのとき――。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 耳孔をつんざく爆音が、大地を揺るがし辺り一帯に轟いた。

 それと同時にバスはやや宙を浮き、膨張するかのように爆ぜ激しい炎に包まれる。

 原形の失われた鉄の塊は、炎風をまき散らしながら崩れ落ち――。

 戦いの狼煙を轟々と立ち上げた。


「みんな! バスを中心にして輪をつくれ!」


 太一の指示により、クラスメイトはその陣形に構え戦闘態勢に入った。

 戦うつもりはなくとも、四方八方からの見張りを怠ることはできない。

 太一はまず状況確認をすることにした。

 交差点に繋がる大きな通り、四つの主要経路は、機動隊によってすべて封鎖されている。

 数にしておよそ五百。

 その誰もが驚愕した様相を浮かべ、彼らの発するどよめきが鳴動のごとく伝播する。

 通りに面したいくつかのビルには、パブリックビューイングが設けられている。

 そこでは宣伝などしておらず、どれもが各局の緊急特別番組を映し出していた。

 むろん、爆弾事件の特番ではあるが、報じられる内容はそれではなくなっている。


『大変なことが起こりました! バスが爆発する直前、車内から骸骨の集団が現れました! これはCGではありません! リアルタイムの映像です!』


 太一もよく知る民放の女性アナウンサーだ。

 驚嘆の叫びを放つ彼女だが、映し出されているのはこの事件現場となっている。

 カメラは斜め上からのアングルで、スケルトンの集団を間近にとらえていた。

 試しに太一がピースサインをしてみると、その姿がドアップで映された。

 オデコに書かれた、『青島太一』、という名前も丸見えだ。

 スケルトン版青島太一、全世界に鮮烈なるデビューを果たす。


『こちらの骸骨はなんなのでしょうか! 頭にたくさんの文字が書かれています!』


 次にドアップで映し出されたのは佳織である。

 太一が何度も書き直し、バツ印を入れた漢字だらけの不気味な頭蓋骨。

 それが全世界にお披露目された。

 とっさに頭を覆い隠す佳織だが、時すでに遅し。

 地球の隅々にまでその気色悪い前頭骨が拡散されることになる。

 そんな緊急特番が放映される中――。


「き、君たちはいったい、何者なんだ!」


 一人の機動隊員が拡声器を片手にコンタクトを試みてきた。

 太一から見て北方向の正面、およそ三十メートル先。

 井ノ頭通りから守備を固める機動部隊の男性だ。

 現場を一任された指揮官らしいのだが、その声色からは狼狽した様子が見てとれた。

 太一は一歩前に出て、そんな彼に対しレスポンスを開始する。


「俺たちは見てのとおりスケルトンだ! 遠い銀河からやってきたスケルトン生命体、ピーちゃんのせいでこうなった!」


 太一は炎上を続けるバスの残骸へ指の骨を突きつけた。

 あの中に金魚鉢があるはずだが、当人は不思議な力でどこかに転移したことだろう。


「そのようなことは信じられん! 君たちはロボットではないのか!」

「ロボットなんかじゃない! 俺たちは正真正銘のスケルトンだ! おしっこをしても、おしっこは出ない!」

「なら、それが本当どうかを確かめさせてくれ!」

「ダメだ! それ以上近づくな! 交差点の中に入ってくることは許さない!」

「なぜだ! それでは調べようがないではないか!」

「こちとら本物のスケルトンなんだ! エリア51の二の舞だけはごめんだぜ!」


 太一はあばら骨を一本ぶっこ抜き、それを武器に見立てて威嚇する。

 本物である以上、宇宙人のように政府に隔離されてはたまらない。

 それにスケルトンは伝染するので、バイオハザードMAXレベルで危険を伴うのだ。

 いちおう、そのことだけは伝えておく必要がある。


「いいか、俺たちに素手でふれてみろ! あんたらもスケルトンになるからな!」

「いい加減なことを言うな! そんなことが起こるはずがない!」

「それが起きたから俺たちはこうなってんじゃねーか!」

「なら、君たちの目的はなんなんだ!」

「人間に戻ることだ! ここで朝まで月の光を浴びれば、俺たちは人間に戻れる!」


 太一は夜空を見上げた。

 南西、渋谷駅前ビル上方に、煌々と輝く満月が映えている。

 あの光を朝まで浴びることができれば、人間に戻ることができるのだ。

 そして太一は思い出す。

 二年A組に欠けた、たったひとつのピース。

 偽物学級委員長の存在を。


「友部サービスエリアで白骨死体が発見されただろ! それは俺たちの仲間だ! あいつをここに連れてきてくれ!」


 サービスエリアで捜査にあたっていた二人の刑事。

 彼らの目を欺くため、太一の代わりとなった勇気ある少年だ。

 スケルトン星に転移していなければ、まだ白骨死体の振りをしているはず。

 ちなみに偽物学級委員長の名前は今でも判明していない。


「この現状をふくめて私の一存では決めかねる! 少し時間をくれ!」


 すると指揮官は、機動隊のワゴン車の中へ引っ込んだ。

 事は総理に判断を仰ぐレベルの大事件。

 これはある意味、国家の危機に直面した未曾有の大災害である。

 すでに首相官邸では、緊急災害対策本部が設置されていてもおかしくはない。


「よし、みんな! 相手の出方を待つぞ!」


 太一はどっとあぐらをかいて、進捗状況を見守ることにした。

 クラスの仲間も炎上するバスを中心に座り込む。

 そしてみんなと一緒に、パブリックビューイングからの情報をチェックする。

 放映される画面では、保護者たちが集まり学園長を責め立てていた。

 場所は学校の会議室だ。

 学園長は謝罪会見のごとく前に座らされ、その隣には保健の田畑先生もいた。


『学園長! 彼らは合宿に行ったのではなかったんですか! それにどうしてうちの子が骸骨なんかに!』


 そう激高するのは本物学級委員長のお父さんだ。

 PTA会長を務めているので太一も顔は知っている。


『が、合宿とは聞いていたのですが……。骸骨の件に関しては私もどういうことだかさっぱり……』


 ハゲ頭のでっぷりとした初老の学園長。

 彼は気まずそうに答えると、テカテカに光る額をハンカチでぬぐった。


『これは学校の管理体制の問題ではないのか!』

『私の娘を返して! 返してよ!』


 揃って声を荒立てるのは佳織の両親だ。

 そんな二人はブティック佐倉の服で身なりを整えていた。

 父親はカナブン色のタキシード。

 母親はキリン模様のワンピース。

 佳織はこんな両親に育てられた。


『わたくしの娘が化け物になってしまったのでしてよ!』

『わたくしの娘が化け物になった責任の所在は、学園側にあるのではなくて!』


 その話し方でもわかるように、千崎美咲と年所絵花の母親コンビだ。

 どちらがどちらの母親なのか、それは太一にもわからない。


『ウホン、みなさん、まずは落ち着いてください。我々学園側といたしましても、まだ情報収集の段階でして』


 ひとつ咳払いをし、保健の田畑先生が場を鎮めにかかる。

 彼がなぜ同席しているのかはわからない。

 それはさておき、アーッ! と驚くほどのスラリとしたイケメンだ。


『これが落ち着いていられるか!』

『そうだそうだ!』

『今すぐうちの娘を返せ!』

『てめーらぶっ殺すぞ! ああん!?』


 場は鎮まるどころか怒号が飛び交い、一方的に学園側が悪者となっていた。

 しかも暴力団ばりにドスをきかし、包丁を振り上げるスルメのようなおばさん。

 あれは音無静香の母親にちがいない。

 親子揃って心に闇を宿しているらしい。

 それから小一時間ばかり膠着状態が続いたかと思うと――。


「太一くーーーーーーーーーーん! みんなーーーーーーーーーーッ!」


 交差点に近づいてきた護送車の中から、一体の全裸スケルトンが駆けてきた。

 あれは偽物学級委員長だ。

 ようやく彼が二年A組の元へ帰ってきた。


「おい、おまえ! 一人で怖かっただろ!」

「怖かったけど、ぼく信じてた! 太一君がきっと助けてくれるって信じてた!」

「そっか、そっか! 本当によかったな!」


 太一は偽物学級委員長を熱い抱擁で迎え入れた。

 もうなんだか心の涙が止まらず、視界もぐちゃぐちゃになり、オデコに書かれた名前を読み取ることすらできない。

 それから間もなく、機動隊のワゴン車の中から指揮官が戻ってきた。


「政府の方針は決まった! 君たちは閉鎖病棟に隔離されることになった! そこでいろいろ調べることがあるそうだ! だから全員いますぐ護送車に乗りなさい!」


 もちろんそんなことは許されない。

 従うつもりもない。

 ゆえに太一は手にしたあばら骨を指揮官にビシっと突きつける。


「閉鎖病棟とかふざけんな! それじゃまるで十八禁のエロアニメじゃねーか! こちとら陵辱されるために東京くんだりまで来たわけじゃねーんだ!」

「そちらの要求はいっさい認められない! 素直に政府の指示に従いなさい! もし従わないというのなら、我々警察は武力を行使して君たちを制圧する!」


 それぐらい太一とて想定の範囲内。

 武力行使に対する算段はすでにできている。


「やれるもんならやってみろ! 俺たちはテコでもここから動かねーからな!」

「ならばこれより武力行使に入る! 全隊員、前へ進め!」


 太一が毅然と抗うと、指揮官は警棒をこちらに向け指示を飛ばした。

 それと同時に、およそ五百名の機動隊が盾を構え、四方八方からにじり寄ってくる。

 その統率された動きはゾウの大群のように圧巻であり、ただの脅しではないことを物語っていた。

 それでも太一はひるまない。

 頼もしいクラスの仲間が一緒だからこそ、こうして戦うことができるのだ。


「みんな! 作戦『花園』だ!」


 太一は手にするあばら骨を高々と掲げ、国家相手の最終決戦が幕を開けた。

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