第14話 頭蓋骨の帰還

 太一の頭蓋骨は高速道路の上に転がっていた。

 なにかの衝撃でトラックからウッヒョーと放り出され、そこらをピンポン玉のように飛び跳ねたあと、この場所でようやく動きが止まったのだ。

 アスファルトに何度も叩きつけられたが、歯一本抜けることはなかった。

 自慢ではないが普通の人より丈夫な頭蓋骨であるらしい。

 頭がバカなことと関係しているのではなかろうか。

 生まれてこのかた風邪すらひいたことのない太一は、なんとなくそんな気がした。

 それはさておき。

 太一は顎骨の力を使って頭蓋骨をピョコンと立てた。

 そしてトラックはどこにいるのかと、走行車線上から360度を見渡した。

 しかし、トラックはどこにも見当たらなかった。

 ただひとつ気になることは、後方の路面に傷跡が残されているということだ。

 その数十メートルにも渡る傷跡は、中央分離帯とぶつかるように伸びていた。

 中央分離帯のコンクリートも破壊されている。

 まるで大型トラックが横転し、中央分離帯に激突したかのような痕跡である。


「もしかして……あのトラックが事故ったのか……?」


 太一も思い当たる節はある。

 どういうわけかトラックが斜めに傾き、その後、激しい衝撃を二回受けた。

 おそらく一回目は横転によるものだ。

 二回目は中央分離帯に激突したものかと思われる。

 この痕跡を見ると、その可能性は限りなく高い。

 とはいえ、事故を起こしたトラックの姿だけが忽然と消え失せている。

 こんな早くに事故処理が済むはずがないし、これはいったいどういうことなのか。

 と、太一が頭蓋骨を傾けて不思議に思っていたところ――。


「兄貴ィーーーーーーーーーーッ!」


 高速道路の遙か後方より、そんな里奈の叫び声が訊き届く。

 よく見ると、そちらからピンク色のバスが走ってきた。

 おかしい。

 トラックはバスの後方にいて、自分はブレーキペダルを押し続けていたのだ。

 本来、バスはずっと先を走っているはずなのに、なぜか後ろから追いかけてきた。

 太一はますます頭を悩ませたが、ひとまず自分の頭蓋骨を拾ってもらうことにした。


「おーーーい! 桃学二年A組のアイドル、青島太一はここにいるぞーーー!」


 太一がそう叫んだところ、バスはこちらの存在に気がついた。

 とはいえ、爆弾が仕掛けられているのでバスは停車ができない。

 ゆえに里奈が出入り口のドアから這いつくばり、


「バカ兄貴ィーーー! いま助けてやるからなーーー!」


 と、両腕を伸ばして身を乗り出している。

 そして妹はタイミングよく頭蓋骨を拾い上げ、太一は無事に帰還を果たした。

 ひとまず残された胴体とドッキングし、太一はこれまでの経緯を訊いてみる。


「なあ里奈、俺がトラックに乗り込んでから、いったいなにがあったんだ?」

「トラックは猛スピードでバスを追い抜いていったんだ。それでハンドル操作を間違ったのか、横転して中央分離帯に激突した」

「バスを追い抜いた? それっておかしいじゃねーか。俺はブレーキを押してたんだぞ」

「兄貴さ、アクセルとブレーキ間違えなかったか?」

「そ、そんなことあるわけないだろ……。俺がアクセルとブレーキを間違うかよ……」


 それしか考えられないが、太一はしどろもどろに否定した。

 高校生がアクセルとブレーキを間違うなど、ある意味で痛々しいニュースだ。


「まあ、なんにせよ、兄貴が妖魔獣を倒したってことだぜ」


 里奈の話によれば、事故を起こしたトラックはその場で消失したという。

 周囲の色彩も元に戻っているし、結界が解かれたことを意味している。

 アクセルブレーキうんぬん抜きにして、結果的に妖魔獣は死んだのだ。

ほかの生徒も太一の勝利に盛大な祝福を送り、車内は歓喜の渦に包まれた。

 そんな中、佳織がプッと小さく吹き出した。


「今だから笑えるけど、太一、あんたの胴体ね、こうやって必死になってたわよ」


 佳織は四つん這いとなり、力んだように肩を上下させた。

 頭蓋骨が分離しても胴体は動くので、滑稽な動きを見せていたらしい。

 そんなところに――。


「運転手さん! どうしてバスがボロボロになっているんですか! いったいなにがあったんですか!」


 バスに横付けしたパトカーから、拡声器でそう問いかけられた。

 結界の中の出来事は外の者にはわからない。

 警察官が驚くのも無理はないだろう。

 すると律子先生は、ひしゃげた窓枠から身を乗り出し、


「我々は突然の空間波動に巻き込まれ、バスごと異世界にトリップしていたのだ! だがエンシェントドラゴンとの闘いの最中、敵に異空間転送ブレスを発動されてしまい、この世界に引き戻されてしまった! ええい、くそッ! もう少しで古代龍を討伐できるところだったのに!」


 と、作り話で警察の目を欺いた。

 欺いたというよりは、頭のネジがとことんぶっ飛んでいる。

 警察もヤバイ奴と認識したらしく、パトカーは無言で後方へと退いた。

 これでしばらく向こうからの呼びかけはないはずだ。


 その後、バスは首都高速道路を下り、一般道に出た。

 規制線が張られているので一般車両の姿は皆無、赤信号でもすいすい進むことができる。

 そんなバスを見守るように、沿道はたくさんのギャラリーで溢れかえっていた。

 爆弾の仕掛けられたバスが渋谷スクランブル交差点を目指しているのだ。

 野次馬どころの騒ぎではないだろう。

 車内はカーテンで隠れているので、スケルトンのことは気づかれてはいない。

 正体を見せたときこそ、本当の戦いがはじまるのだ。

 そして、およそ五十メートル先。

 渋谷スクランブル交差点、あらわる。

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